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チキン野郎がシーチキンで見た夢

高校三年の1月。卒業を待たずに一人暮らしを始めたんだ。特別進学クラスで3年間も勉強をさせられまくったけど、「プロミュージシャンになる」という固い決意の元、名古屋へ引っ越したんだよ。

出席日数も足りているし、成績は優秀だったし、進学する気はないし、もう登校しなくても卒業できる事が分かったらいてもたってもいられなくてね。

とはいえ、3月生まれの俺は17歳の未成年。
免許もないし、保険証もない。つまり身分証明書=社会的信用がないんだ。一人暮らしをして初めて分かったけど、未成年って独りじゃ何にも出来ないんだよ。
だって、バイトも出来ないんだよ?どこに行っても「身分証を出してください」と言われてしまうんだから。イキがって一人暮らしを始めた矢先に「小人」と「大人」の違いを思い知らされたね。


それから18歳になるまでの約2か月半、学生最後…いや、人生最後のお年玉を切り崩して生活をしなければならなかったのさ。

一人で名古屋に出てきて、友達もバンド仲間もいない本当の「ぼっち」状態で過ごす日々は本当に苦痛だったな。
何もない「自由」は何もできない「束縛」と同じなんだよ。まあ、金もないけど、何より計画性も行動力もないのだから…いや、今回はこんな話をするつもりはないんだった。「金がねえ」って話だよ。

実家からの仕送りのあるヤツや、女に金タカってるヤツとか、実家に住んでるクセにパチンコとか無駄遣いで「金がねえ」なんて言ってる連中とは訳が違う。ガチで「夢と生き方に向き合う」毎日だったよ。

とにかくやれることを探す毎日なんだけど、金が無きゃ電車にも乗れねえし、携帯もPCもない時代で、情報だって金で買わなきゃならない。そんなこんなで日が経つにつれて金がどんどん無くなってさ、気付けば飯にも事欠く様になるんだよな。

ド田舎から出てきた俺には、一人暮らしを始めた名古屋の八事(やごと)の街は同い年くらいの大学生が一杯いてさ、駅前は賑やかでみんなキャッキャしててさ、めちゃくちゃ眩しかったよ。


最初の頃は、当時ようやく一般的になってきたコンビニで「ラザニア」とか買って、酒やタバコを買って「独りの自由」を漫喫してたんだけど、これって無職の俺には超贅沢なんだよな。
あっと言う間に金がなくなっていくんだ。でも、誰にも干渉されず、無駄に過ぎて行く時間が心地よくもあるんだよな。

これはマズイと思い、生活を見直した。
特に、食生活だよね。生きている以上は絶対に飯を食わなければならない。バンドもない、仕事もない、でも生きている。
この現実を真正面から受け入れた事は今の俺に非常に役に立った出来事だと思うよ。金も地位も権力も、そもそも信用も人気もない。これを受け入れることが出来ないヤツが世の中にはごまんと…いやいや、こんな説教臭いことを書くつもりはないんだった。

金が無くても腹は減る。
そこで目を付けたのが、スーパーで売ってるシーチキンの缶詰5個パック178円とスパゲッティの乾麺。それと生卵と米と激安のカレー粉。
これで生き延びたと言っても過言ではないくらい食ったね。

肉が高くて買えないときのシーチキンの有能さったらないよ。
卵とご飯と一緒に炒めればチャーハン、ケチャップで味を付ければシーチキンライス。
パスタと軽く炒めて麺つゆを掛ければ和風パスタ、もちろんカレーの具の代わりにもなるし、マヨネーズと和えてサンドイッチの具にもなる。
缶詰の油がそのまま使えるのも有難かったね。

こうして生き延びた俺はめでたく18歳になり、電気工事の会社に入ったんだ。
初任給は手取りで24万円。
週6日、朝6時に家を出て、晩までみっちり働いて得た金で楽器を買い、機材を揃え、スタジオに入り、俺は夢の実現へまっすぐに歩き始めたんだ。

だから俺は大した努力もしねえくせに夢を語る連中が大嫌いなんだよ。
夢は他人に語るもんじゃねえよ。

みなさんのお気持ちは毛玉と俺の健全な育成のために使われます。