見出し画像

「八月自尽:||」第3話[小さきもの]


あきら「なんでだよ…」
紙袋の書置きに目を落とす。
どうしてなんだ?どうして…
おれは本当に嫌われたのか?いやでもあの様子…
と、とりあえず連絡だ。

やっぱり。
既読もつかない。電話も出ない。
やっぱりなんかあるんじゃないか。
あとできることと言ったら、またあのおんぼろアパートに行くぐらいしか…
そしたらまた死に戻りして…

ちひろ「絶対やってよ。」
ちひろ…
ちひろ「私あきらのギター好きだから。」
….

まだ戻る前にもできることはある。
音楽をやろう。ちひろが好きだと言ってくれた音楽を。
もしかしたらライブに来てくれるかもしれない。
そして、それ以上におれがやりたいんだ。
あいつらと一緒にバンドを!

プルルルル

企業先から電話だ。
あきら「はいもしもし。お世話になっております。昨日は電話に出れず申し訳ございませんでした。はい。はい。その件につきましては私からも延期を希望させていただきます。
やらなければいけないことができたので。」


ガチャ。
部室のドアを捻ると、目に飛び込んできたのは我らがTAFIのボーカルだった。
いつき「あれ?あきらじゃ~ん。おひさ~。」
[音林いつき。2年。ボーカル担当。]
あきら「よう。久しぶり、いつき。」
TAFIのメンバーは4人で構成されている。
天才的女性ボーカルのいつき。ドラム担当のたつき。ベースや作曲を担うチームのかなめのふみや。そしておれがギターを担当している。
今日はまだたつきとふみやが来ていないらしい。

いつきは椅子にぐでっとしながらこっちを見る。
いつき「どうしたの~?1年ぶりじゃあん。」
差し入れを机に置きながら話し始める。
あきら「実は話があって。はいこれ、差し入れのパン。」
いつきはパンパンの袋を覗き込むように上体を起こす。
いつき「へ~。どうしたのこれ。」
あきら「まあちょっと臨時収入があってね。」

いつきは察したように言う。
いつき「わざわざこんなの持ってくるってことはなに~。またバンドやりたいとか?」
ゆっくりと首を縦に振る。
いつき「あはは!まじで?へぇ~。ふぅ~ん?ならたつ兄に言ってよね。私に決めらんないし。」
いつきの他人任せな性格は変わっていないらしい。

あきら「今日は2人は来る?」
ちひろは考えながら言う。
ちひろ「う~ん。どうだろね~。たつ兄は毎日来てるっぽいんだけどね~。ふみやはちょうどこの前あたしとライブしたからね~。もしかしたらもう来ないかもね。」
そうか…
もしおれがバンドやりたいって言いださないで、たつきもふみやを誘わなかったらふみやは何をしていたんだろうか。
ちひろ「先に来るのがたつ兄だといいね。」
あきら「やっぱりふみやはまだ恨んでるかな。」
ちひろ「もしかしたらそうかもしれないからね~。」

ガチャ
ドアノブを捻る音がした。ドア越しに影が見える。
たつき「おつかれっ。」
あきら「たつき!」
すると後ろから影がもう1つ。
ふみや「っす。」
あきら「とふみや!?」
[柱間ふみや。3年。作詞作曲&ベース担当。]

2人は驚いた様子でこちらを見る。
たつき、ふみや「「あ、あきら!?」」
まさか二人同時に来るとは。

久しぶりに集まった4人でパンを囲みながら談笑が始まる。
たつき「ちょうどさっきそこで合ってな。暇そうにしてたんで連れてきた。」
ふみや「ちょうど7月末にいつきとのライブが終わってよ。次はどうしようか考えてた時にあのニュースだ。っくそ。」
あきら「そうだったのか。たつきは何してたんだ?」
たつき「おれはいろんなバンドに駆り出されてたよ。いわゆる助っ人的な感じさ。」
あきら「そうか。」
いつき「このコロネパン美味しいね~。」
いつもいつきだけはマイペースだ。

いつき「で~?あきら言いたいことあるんじゃないの?」
おいここでそのパスかよ。
あきら「うん。実はーー」
ふみやが割って入る。
ふみや「おい、ちょっと待てよ。まさかまたバンドをやりたいとか言うんじゃねぇだろうな。」
鋭い。
おれはゆっくりと頷く。
ふみや「へぇ、よくいーー」
たつき「マジか!やってくれるのか!!なあ!」
たつきが喜びながらさらに割って入る。

ふみや「ちょっと待ってくださいよたつきさん。こいつが抜けたからTAFIが解散になったのに、戻ってきたからハイ復活ってそんなムシのいい話ないでしょう。」
言ってることはごもっともだった。
たつき「でもお前暇なんだろ?だったらやろうぜ!」
ふみやは不服そうな眼をしてこっちを睨んでいる。
たつき「いつきもいいだろ?」
いつきはパンを片手に軽く頷きながら手を振っている。

ふみやは気まずそうな顔をしながらゆっくりと言葉を吐く。
ふみや「だったら弾いてみろよ。おれは下手くそなやつとはやる気はねぇ。」
ふみやはおれのギターケースを指さしながら演奏してみろと促してくる。
たつきやいつきも止める様子は全くなくむしろ興味を持った目でこちらを眺めてくる。
どうやらやるしかなさそうだ。

ギターをケースから取り出しゆっくりと構える。
選んだ曲はTAFIが最初に作ったオリジナル曲。
ふみやもまだ曲を作りなれてない時のもので、苦戦しながら作った思い出がある。

3人は黙っておれの演奏を聞いていた。
どうだろうか。期待通りの演奏ができただろうか。

たつきが静かにふみやに話しかける。
たつき「いんじゃないのか?おれはいいと思うぞ。」
ふみやは黙っておれの演奏を眺めている。
たつき「いつきはどう思う?」
いつき「あたしは最初から言ってるじゃ~ん。」

演奏が終わるとふみやが近づいてくる。
ふみや「少しは練習してきたんだな。」
あきら「う、うん。」
どうやら前のループでの練習が活きていたらしい。
ふみやはじっとこっちを見ている。
ふみや「1ヶ月間。やるしかないからな。」
TAFIがここに復活した。


この1ヶ月おれたちはひたすらに練習した。
だが練習してわかった。
明らかにおれだけレベルが低い。
明らかに解散前よりおれは腕が下がっているし、みんなは腕が上がっている。

食らいつけ。食らいつけ。
絶対にライブを成功させるんだ。

ライブの会場も取ることができた。
渋谷のライブハウス。8月29日。
その日に向けてSNSで宣伝をしたりビラを配ったりした。

本番まであと3日。成功させるしかない。


8月29日。本番当日。
ついに始まる。
会場にはおれたち以外にも何組かバンドがいた。
おれらの出番はまさかの最後。
見た感じ観客は…まだ1組目ってこともあり10人ぐらいか。

他の組を見ている横でふみやがつぶやくように言う。
ふみや「地球最後まであと3日。その中で音楽を聴きに来てくれるやつらもこんだけいるってことだ。もう次の次。準備するぞ。」
確かにおれはループをしていて、もしかしたらまたこの人たちの前で演奏することがあるかもしれない。
だけどおれは、この人たちのために本気で演奏しないといけないと心から思った。

スタッフ「準備大丈夫ですか?」
とうとうおれたちの番だ。
この感じ、久しぶりだ。ここでいつも。
いつき「みんな。行くよ。」
3人「「「おう!」」」

久しぶりのステージ。
狭いフロアにいっぱいの観客。
声、ベース、ドラム。
自分のギターの音が一番小さく聞こえる。
鳴らせ。鳴らせ。鳴らせ。
でも鳴らすほどに実力差を感じる。
それでも最後まで。全力で。
気づいたときにはおれたちは歓声に包まれていた。


たつき「ああ!食った食った!」
いつき「もう飲めないよ~。」
打ち上げが終わり4人はゆっくりと夜道を歩いていた。
あきら「あの…ありがとう。おれ、みんなより全然下手だった。だけどーー」
たつきが肩を組んできた。
たつき「何言ってんだ!お前が誘ってくれて最高だったよ!なあみんな!」
2人はゆっくりと頷く。

あきら「ありがとう。」
たつきはみんなを集める。
たつき「もし3日後!おれたちが生きてたらまた集まろう!またバンドやろう!」

たつき「よし!またなみんな!」
おれといつきも手を振る。
そしてここで、意外な人物がおれの手を引いた。
ふみや「もうちょっといいすか。」


おれたちは近くのゼリアに入った。
ふみや「あきらせんぱああい。演奏良かったっすよお。」
そうだ。ふみやは鬼のように酒癖が悪いんだ。

ふみや「いやね、嬉しいんすよ。おれ。またみんなとバンドできて。
でも、でもっすよ。あのときみんなでバンド続けてて、みんなもっと上手くて。だとしたらこんなクッソみてぇな箱じゃなくてえ。もっとでかいところに立ててたんじゃないかって思っちゃうんすよお。」

何も言い返せない。だって解散した理由はおれにあるんだから。
あきら「ごめん。」
ふみや「謝らないでくださいよお。あれは先輩間違ってないっすからあ。おれも頭ん中ではわかってんすよ。おれが悪いんだって。」

あきら「それは違う!だってふみやはーー」
ふみや「うるさいっ!うるさいっす!結局おれはいつきとやっても結果出せなかったんすからあ。」

あきら「なあ飲みすぎだって…」
ふみや「でも、もっとやりたかったなあ。4人で…」
ふみやはさっきまでとは一転ボソッと呟いた。


ふみや「おれ何にも覚えてないんだけど…なんでこんなとこにいんだよ!!」
少し時間を戻すと、例の泥酔後。あまりに酷いありさまだったふみやを家へと運んだ。
その後も日が明けてからもう一度の見直し、そして8月31日。この日に至る。

ふみや「なんでおれヘブンツリーなんかにいるんだよ!しかもここ外じゃんねぇか!」
今回はゆうきではなくふみやとともにヘブンツリーに登った。
あきら「なんだ?覚えてないのか。」
ふみやは少し気分悪そうに戸惑っている。
ふみや「ちょ、なにやってるんだよあきら。なに飛び降りようとしてんだ!なあ!悪かったって!飲んだくれて悪かった。ってい、隕石!?まじで来てるって!ってあきらも何を!?」

おれは助走をつけ始める。
あきら「おれは最高にロックンロールなことをするだけだあああ!」

ープツンー

ベットの上。さあ、4度目の8月1日。
おれは全てやり直す。
最高の8月にするために。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?