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「八月自尽:||」第2話[A Hard Day's Night]


うう、ううん。
こ、ここはベットの上…ってことは
ちひろ「あきらー!今日先出るよー。」
ちひろの声が聞こえる。
これで確信した。
おれは8月を繰り返している。

繰り返していることはわかったが何か条件はあるのだろうか。
ヘブンタワーからの飛び降り?
ゆうきとの飛び降り?8月31日?
そもそも飛び降りがトリガーなのか?
なんなら条件なんて元より存在するのか?

ってやべ、こんなことしている場合じゃなかった。
今は目先のことを考えないと。

とりあえず今はちひろだ。
リビングに向かう途中でちひろの部屋を見た。
なあちひろ。
なんで別れようなんて。どうしたんだちひろ…

とりあえず、ご飯の準備をし、いつもの椅子に座り、テレビをニュースのチャンネルに合わせる。
さてどうしよう。あと数分で例の速報がくる。

考えろ考えろ考えろ。何か手はないか。
話題をそらし、時間を稼げる。
いや、それじゃだめだ。
前回は話し合いじゃなかった。なってなかった。
どうしようどうしようどうしようどうしよう。

アナウンサー「えー、ただいま緊急速報が入ってまいりました。ーー」
ニュースも始まってしまった。
な、何か手は。何かないのか…

ちひろの足音が近づいてくる。
あああもう!こうなりゃこうだ!

ちひろ「ねぇあきーー」
ちひろの言葉を遮り、両手で肩を掴んだ。
ちひろ「な、なに?」
戸惑うちひろを前におれが出した言葉はこうだ。

あきら「ド、ドライブ行きません、か?」
や、やばい。これし思いつかなくって…
ちひろ「え、ドライブ?」
少し戸惑った顔でこちらを見つめる。
ちひろ「車なんて持ってないでしょ?」
あきら「レンタル!レンタルするから!い、行かな、い?」
下を向くちひろ。
ちひろ「私今日用事あるんだけどな。」
で、ですよねぇえ。
ちひろ「すぐ準備できる?」
ま、マジか!

あきら「そりゃもう!すぐ着替えるから待ってて!」
部屋に戻り急いで準備を始めた。
着替えていると部屋の向こうで声が聞こえた。
ちひろ「私も洋服変えるね。あと免許書忘れないでよ?」
よし、ここだ。ここでどうにかするしかない。千載一遇のチャンスだ。


店員「返却期限は本日24時までとなりやぁす。お気をつけていってらっしゃっせー。」
2人で車に乗り込むと、最初に口を開いたのはちひろだった。
ちひろ「で、どこに行くんですか?あきらさん?」
全く考えてなかった。でもこういう時は大体、
あきら「海!まだ2人で行ったことなかったよね!ど、どうかな?」
ちひろ「いんじゃない?私も行きたいな。」
その言葉をきいてハンドルを強く握りしめた。

出発して最初の方は他愛のない会話が続いた。
あきら「ごめんな。今日用事あったんだろ?」
助手席に座る彼女を横目に運転する。
ちひろ「気にしないで。来年度のサークルの引継ぎに行くだけだったから。」
ちひろが少し姿勢を変えるため動いたのが分かった。
ちひろ「だってもう終わるんでしょ?世界。」
おれはなるべく目線を動かさないようにそのまま答えた。
あきら「終わらないよ。絶対。」
ちひろ「そうだといいね。」

き、気まずい!
あれから何分経ったんだ
最後の会話から沈黙が続いている。
別に沈黙が苦手というわけでもないが…

ああくそ、前の愚民が遅くて信号引っかかったじゃねぇか。
信号で止まってる間にカーナビで道のりを確認する。
あれ?このステレオBluetoothに対応してるな。

スピーカー[It's been a hard day's night, and I've been working like a dogーー]
ちひろが気づく。
ちひろ「懐かし。久々に聞いたよ。」
少し間をおいて続ける。
ちひろ「あきらはバンドはもうやらないの?」
飛び降りた時はバンドをまたやろうと思っていた。
でも、今一度冷静に考えた結果やらない方がいいんじゃないかとも思い始めている。
ただあいつらに迷惑をかけるだけならやらない方がいいんじゃないかって。
あきら「またやろうとも思った。でもあいつらの迷惑になるならやらない方がいいんじゃないかって思って。」
ちひろは迷う素振りもなくこう答えた。
ちひろ「絶対やってよ。私あきらのギター好きだから。
メンバーのみんなも絶対待ってると思うよ。」
え?うん。え?
おれのことが嫌いになったんじゃなかったのか?
それともおれの"ギター"が好きなだけ?
そんなこんなのうちに信号が青へと変わったことに気づいた。
おれは優しくアクセルを踏みだした。


ちひろ「んんんっ。着いたね。うわぁ、すっごい人!」
今日は8月1日。衝撃的なニュースがあれど世の中は夏休み。
人が多いのは当たり前である。
あきら「やべ、どうしよう。水着ないじゃん。」
ちひろ「もう。先に言っといてくれたらよかったのに。」
あきら「ごめん。ほんとにとっさに思いついたからさ。」
ちひろは靴と靴下を車に脱ぎ捨て、砂浜を指さす。
ちひろ「さ!いこっ!」
あきら「うん。いこう!」
ちょっと不安もありつつ、彼女の笑顔を見たらおれも気分が上がってきた。
はじめての2人の海。こんな状況でも楽しめるだろうか。

あきら「いやっほおおおおい!」
ちひろ「ちょとあきら!服濡れるってもう!」
やっべぇ。おれ楽しんじゃってるよ。
めっちゃ満喫してるよ。
でもそりゃそうか。
彼女との初めての海なんて楽しくないわけないじゃないか。

波打ち際を走る。
あきら「ほおれ波が来たよお。」
ちひろ「やばいやばいかかっちゃう~。」
ぴしゃぴしゃ
あきら「ほら、水がかかっちゃうよお。」
ちひろ「もう~。やめてよお~。」
ばしゃばしゃ
あきら「ほれほれ〜濡れちゃーー」
ちひろ「やめろっつってんでしょうがああああ!」
どんっ
ざばあああん
ちひろ「あっ。」
あきら「えっ。」
ちひろ、あきら「「あっ。」」
やべ、やりすぎた。


午前中ギリギリに出て昼すぎに到着した海岸ももう夕方。
少しずつ空と海が赤く染まっている。
ビーチから少し離れた堤防で座って待つ彼女のもとに近づいた。

後ろから声をかける。
あきら「お待たせ。」
ちひろ「大丈夫だった?」
あきら「うん。ばっちり。」
びしょびしょの塩まみれでレンタカーに乗るわけにもいかないので、海の家で買ったシャツに着替えてきたところだ。
ちひろ「ごめん。海に突き飛ばしちゃって…」
あきら「いやあれは…おれもふざけすぎたといういか…」

こっちを向いていたちひろが海へ目を向ける。
ちひろ「ありがとね。」
予想もしない言葉に驚いた。
あきら「え?」
ちひろは続ける。
ちひろ「気を使ってくれたんでしょ。」
いや、そんなわけでは…
ちひろ「あーあ。私ってそんなにわかりやすいかな。」
なんの話だ?
ちひろ「私、あきらのそういうところ好きだよ。なんだかんだみんなのこと見てるよね。」
そんなことない。実際見ることができていたならこんなことになってないじゃないか。
あきら「いや、おれはそんなこと…」
ちひろ「あとはね。行動が早いところとか。あきらは思ったらすぐ行動するもんね。そして全部上手くいく。私と付き合った時もそう。」
ど、どうしたんだ。
あきら「ち、ちひろ?」
ちひろは淡々と続ける。
ちひろ「ほかにもいっぱいあるよ。音楽はかっこいいし、頭も良くて、みんなに優しいし、実はまじめだし。」
やばい。
おれはここで再確認した。
こういうところがおれは好きなんだ。ちひろを。
こうやって自分の意見を持って、しっかりと伝える。ただ優しいだけじゃなくて相手のことをちゃんと考えているところ。
他にもそうだ。言えてないことがたくさんある。
言わなきゃ。
話し合わなきゃ。
一歩ずつちひろに近づく。
ちひろ「でもね。もちろん直してほしいなってところもあるよ。例えばね。自分が一番だ~って思ってるところとか。たまに感情的になったり、逆に黙り込んじゃうところとか。あとはねーー」
おれは今までちひろに伝えられていただろうか。
言うんだ。おれがちひろにして貰ったように!
あきら「なあ!ちひーー」
んっーー
ちひろ「こういうときに黙っちゃうところかな。」

ちひろ「そろそろ出発しないとレンタカー返せないね!帰ろっか。」
へ、返事!何か返さないとっ。
あきら「う、うん。」
先に車へ向かうちひろを眺めながら、おれの頬と唇は夕日で紅く染まっていた。


疲れたのかちひろは出発からものの10分で眠りについてしまった。
途中でハンバーガー屋のドライブスルーに入ったのだが起きることはなく、おれはそのままいつものメニューをテイクアウトした。

店員「ご利用ありっとうございやしたー。」
レンタカーを返却した後、まだ熱気の伝わる袋片手にアパートへと歩き始める。
ちひろ「ごめんね。さっきは急に。」
あきら「いや!謝る必要なんて!むしろありがとう。おれも言わなきゃいけないことがたくさんあって…」
ちひろ「無理しなくていいよ。今日はもうあきらにいっぱい貰ったから大丈夫。」
ちひろ…

レンタカー屋とアパートが思ったよりも近く、話す時間も無く部屋に着いた。
この後おれとちひろはハンバーガーを食べて、お風呂に入った。
疲れ切っていたおれたちは食べたゴミも机に並べたまんま眠りについてしまった。
明日言うんだ。話すんだ。ちひろと。
そう思いながらベットに沈んだ。

次の日。カーテンの隙間からの光で目を覚ます。
あきら「ちひろー。まだ寝てるのか?」
リビングに向かうとそこには昨日のゴミが綺麗に片付いた机の上に、書き込みのある紙袋が一つだけ残されていた。
あきら「なんでだよ…」
ちひろ[ありがとう。ごめんね。さよなら。]

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