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「八月自尽:||」第1話[first death]


8月31日。赤く染まる真昼の空。それを地上634m、東京ヘブンツリーの最上部で眺める男が二人。風に煽られている。
背中に親友の声を受けながら地面を覗き込む。
あきら「うっひょおおおお!たっけええ!なあ!ゆうき!」
[堺あきら。帝東大学4年生。]

一方で必死に叫んでいる男が一人。
ゆうき「なあおい!なあって!ほんとにやるのか!?」
[一条ゆうき。令成大学4年生。]

あきら「ああ!やってやるよコノヤロウ!」
ああそうだ。これからやるのは前代未聞。ヘブンツリーからの飛び降り自殺だ。
覚悟を決め、一歩一歩デッキの縁へと歩みを進める。
背後からのゆうきの声が少ずつ遠くなる。
ゆうき「なあやめようって!」
おれはそんな声を気にも止めず、空に向かって叫ぶ。
あきら「お前ら愚民は隕石で死んでろバアァァァアカ!おれはお前らとは違うんだよ!見てろよバカヤロウ!!!」

なんでこんなことになったのか。
時は1ヶ月前へと遡る。

アナウンサー「えー、ただいま緊急速報が入ってまいりました。1ヶ月後の8月31日、きょ、巨大隕石が落下する可能性が高いとのことです。その規模は測り知れなーー」
毎日何となくでかけているテレビから今日は目が離せなかった。
いつもの安心感のあるアナウンサーの声とは打って変わって、声が震えているのがわかる。
あきら「う、嘘だろ…」

少しずつ遠のくアナウンサーの声とは裏腹に、とある足音が近づいてきた。
ちひろ「ねぇあきら!これ…だ、大丈夫だよね…?」

あの時おれはちひろになんて声をかけたんだっけ。
うまく思い出せない。でもそこから大喧嘩が始まったのは覚えている。
そしてそこで…

ゆうき「ありがとな。最後の日にこんな場所に連れてきてくれて。」
親友の言葉でふと我に返る。
真っ赤に照らされたゆうきの顔は、恐怖と後悔とほんの少しの笑顔で満たされていた。
今にも泣き出しそうなのはすぐに伝わってきた。

ゆうきの目を見つめながらゆっくりと口を開く。
あきら「おれはほかのやつとは違うと思ってたんだ。やる時間もチャンスもあるのに何もしない馬鹿や、必死こいて人生かけたのに何物にも慣れない凡人、結局最後にいい思い出だったって笑う能天気。
今のおれはそいつらと何が違う!なあ!」
ゆうきは潤んだ目でこっちを見ている。
あきら「だからおれは愚民どもが隕石で死んでいく傍ら、日本一の高さから飛んでやるんだ。」

ゆうきが一歩ずつこっちへ歩み寄ってくる。
ゆうき「なぁ、やっぱりやめねぇか?おれさ、お前と一緒にヘブンツリーの上でこの景色を見ながら死ぬのも悪くないかなって。」
ここまで付き合ってくれるゆうきには本当に感謝している。
ゆうきがいなければおれはここに立ってはいなかったと思う。

とうとう隕石衝突間近だ。
もうこの際だ。
あきら「おいゆうき!一緒に飛ぶぞ!」
無理やり腕を引く。慌てて少しよろめきながらも、抵抗する力が入ってないことに気づいた。
ゆうき「ああああもう!どのみち死ぬんだよおおおおお!」

一気に空へ駆け出す。
さあ今だ。
親友と共にゆっくりと落下が始まる。
真っ赤な地平線。叫んでもがく親友。
そして下を眺めるとたくさんのビルが。おそらくこの中にはおびえながら隕石を待つ人が大勢いるのだろう。
その中でおれだけがちがう。

さっきまで赤かった地平線がものすごい轟音と共に黒く舞い上がっている。
その黒は瞬く間に落下する二人の方向に向かってきている。
落下が先か、飲まれるのが先か、それとも意識が遠のくのが先か。
あきら「おいゆうき!(ありがとう)」
その声はしっかりと出ていただろうか。
人生最初で最後の絶景と、生涯最高の親友を見ると同時に過去の思い出が蘇る。
これが走馬灯というやつか。

思えば最低なことばかりだった。
自分にもどこか自殺願望があったのだろうか。
でももうそんなことを考えている時間などない。
さあ今着地だ。最後に見せることができただろうか。
おれは愚民どもと違うってことを。
無理に作った笑顔と共に、目の前が真っ暗になった。

ープツンー


ちひろ「あきらー!今日先出るよー。」
遠くから声が聞こえる。
おれは死んだはずでは?
ここは…おれん家?のベットの上?
どうなっている…

寝室からゆっくりとダイニングへ向かう。
そこにはいつも通りのニュースが流れている。
はずだった。
アナウンサー「えー、ただいま緊急速報が入ってまいりました。1ヶ月後の8月31日、きょ、巨大隕石が落下する可能性が高いとのことです。その規模は測り知れなーー」

え?
このニュース…
急いでスマホを確認すると、日付は8月1日と表示されていた。
そんな馬鹿な。
ちひろ「ねぇ…今のニュース…」
[雪柳ちひろ。帝東大学4年生。]
さっきまで部屋で身支度をしていたちひろも、青ざめた表情でリビングへやってきた。

だが今はそれ以上にこの状況について困惑している。
あきら「なぁちひろ。今日って何日だ?」
ちひろは手に持っているスマホを見せながら説明する。
ちひろ「今日は8月1日。あと1ヶ月で世界が終わるって…」
やっぱり今日は8月1日。これって…時間が戻っている?もしくは夢を見ていたのか?

ちひろが続ける。
ちひろ「ねぇあきら!これ…だ、大丈夫だよね…?」
あれ、このセリフって…
確かに覚えがある。
思い出せ。次にちひろは確か
ちひろ「「ねぇあきら!大丈夫なんだよね!?黙ってないで何とか言ってよ…!」」
そうだ。そして次は
ちひろ「「あきら…私たちまだやってないことたくさんあったよね…?あきら…」」
おれの記憶そのまんまだ。

だがまずい。確かここからヒートアップしていって
ちひろ「あきらと付き合っててさ。私、ずっと思ってたの。絶対私なんかが釣り合わないって。」
涙をこぼすちひろ。おれはただ慰めることしかできない。
あきら「そんなことないって!おれがどれだけちひろに助けられたか…」
ちひろ「私はそんなことない!あきらはいっつもそう。自分は常に上にいるような感じで。」
ちひろには考えすぎる癖がある。このままだとあの時と同じ…
あきら「いや、そんなことは…」
少し図星だった。
と、とりあえず落ち着くんだ堺あきら。以前おれは焦っていた。だからあることないこと言ってしまったんだ。だってあの時は急に隕石なんて…
ちひろ「私はっ…私はこんなっ。ああもう!あきらって別に私じゃなくてもいいんでしょ!わかってるよ!邪魔だってこと…だからもう決めたの。私、出てくから。」

あきら「いや、なんでそうなるんだよ!いいかちひろ。隕石なんて…」
ヘブンツリーでの風景が目に浮かぶ。本当に隕石は落ちないのか?
そう思うと言葉に力が入らなくなった。
あきら「隕石なんて落ちるわけないだろ…」

ちひろ「そうやって、自分は今までなんでも上手くいってきたから今回も何とかなるって思ってるんでしょう。もういいって。」
あきら「だからなんでそうなるんだよ!」
ちひろ「いいよねあきらは。将来も決まってて、友だちも多くて。全部うまくいっーー」
あきら「うっさいな!お前におれの何がわかんだよ!!」
あっ、しまった。つい怒鳴って。

ちひろ「ありがとう。もっと一緒にいろいろできればよかったね。」
あ、まっ

ぱたん。

結局1か月前と同じ結果になってしまった。
1ヶ月はここで諦めることになる。
なぜなら

プルルルルルル

すぐに2つ目の不幸が襲ってきたからだ。


たつひろ「さて、このプロジェクトですが一旦白紙にしましょう。」
[千葉たつひろ。企画部担当。]
とある会議室の一角で男が二人。
相手はこれから就職するはずだった会社の上司に当たる人だ。
この企業はうちの研究室と提携している会社であり、
本来、夏休みである8月から徐々に新規プロジェクトを始めるはずだった。

はずだった。のだ。そのプロジェクトを延期にしようというのだ。
理由は知っているはずなのにまたこのセリフを言う。
あきら「なぜですか!?準備も順調だったでしょう!」
たつひろ「プロジェクトメンバーの何名かが「世界が終わるなら仕事なんて新しくはじめていられない。」と言いはじめましてね。」

激しく言い返す。
あきら「でも!このメンバーならできるといったじゃないですか!」
千葉さんも引き下がらない
たつひろ「このメンバーならできるという確信があるからこそ、人数が欠けるこの状況では無理だと言ったんだ。特に中心メンバーの佐藤なんかはいち早く延期を提案してきた。」

前回のおれはここで引き下がった。
なぜならおれもこの段階ではまだ世界が滅ぶなんてありえないと思っていたからだ。
プロジェクトは9月からでいいと。

だが今回は違う。隕石が本当に来るのだ。多分。
あきら「しかしですよ。本当に隕石がやってくるとしていいんですか!ここまで準備してきたプロジェクトを放り投げて。もしかしたらこのプロジェクトでーー」

ばん!

乾いた音が響く。
たつひろ「おれだってやりたいよ!だけど現実を見ろ!本当に隕石が来るのならこのプロジェクトの意味なんてないし!来ないのなら9月から万全の状態でやろう。」

正論だった。でもおれは…
自分の生きた証を残したい、という気持ちなのだろうか。
残したところでそれごと消し去れてしまうというのに…

たつひろ「じゃあ、話はいいか。また9月にな。」
部屋を去っていく千葉さんの後ろ姿を、ただ無言で眺めることしかできなかった。
9月なんて、もう来ることはないのに。


かなこ「おはようあきらくん!」
[美空かなこ。ベーカリーミソラのおかみ。]
あきら「おはようございます。かなこさん。」
彼女はおれがアルバイトをしているベーカリーミソラのおかみのかなこさん。
おれはこのベーカリーミソラで配達のバイトをしている。
このお店は夫婦二人で経営しているパン屋さんで前までは配達はしていなかったのだが、地域の高齢化で足を運べなくなったお客さんがいたことや、宅配してほしいという要望が多かったため、だったらおれがということでお手伝いをさせてもらっている。

かなこ「あきらくん。ちょっと相談なんだけど。」
ここまでの会話は記憶と同じ。ということは。
かなこ「8月は配達、なしにしようと思うの。」
やっぱり。
かなこ「隕石のニュースが流れてはや2日。私たちも悩んだわ。でもほんとに1ヶ月で全部終わっちゃうならあきらくんに最後まで働いてもらうのはあんまりよくないんじゃないかなって思ったの。
だから、もし何事もなかったらまた9月からお願いしたいの。」

1ヶ月前はここでこの誘いを断って配達を続けた。
彼女も仕事もなくなった状態で何かやることが欲しかったんだと思う。

でも今回は少しやりたいことがある。
すぐ了承するのも違う気がして、やんわりとこう言った。
あきら「でも、おれが辞めたら配達してもらってた常連さんたちはどうなるんですか?」
すると、厨房の奥から顔を覗かせながら落ち着いた声が飛んできた。
ひろき「心配するな!」
[美空ひろき。ベーカリーミソラの店主。]

ひろき「実はな。昨日久しぶりにみやびばぁさんが顔を出しにいらっしゃったんだ。「ほんとに世界が終わるならご挨拶を」って。
だからな、こう、なんだ。あきらくんもいろいろあるだろう。ご両親とかに顔出してやれ。」
前には聞かなかったセリフだ。
以前とは違って少しこの案に迷っているおれの背中を押してくれたんだろう。

おれは深々と頭を下げた。
あきら「ありがとうございます。おやすみをいただきますが、何かあったらすぐ連絡ください。飛んできますから。」

かなこ「ほら!顔上げな!これもってきな!」
顔を上げるとそこにはかなこさんがパンパンにはち切れそうな袋を持っていた。
かなこ「最近ちゃんと食べれてる!?若いんだからたくさん食べないと!ほら!持ってきな。」
また厨房からも声が聞こえる。
ひろき「また9月にな。」

おれは涙がこぼれそうなのを我慢しながら大きな声で返事をした。
あきら「はいっ。」

ベーカリーミソラが見えなくなる角を曲がったところで、おれはとうとう我慢の限界を超えた。
あきら「また9月か…」
パンの温かみだけが記憶に残っている。


8月4日。
おれのやりたかったことの1つ目。そのためにいま電車に乗っている。
実はちひろと喧嘩別れして以降一度も連絡が取れていない。
電話は一度も出ないし既読すらつかない。

そもそもなんでちひろがおれの家にいたのかというと、おれの家からの方が学校が近いからだ。
ちひろは家賃を抑えるために郊外へアパートを借りている。
交通費を合わせてギリギリそっちの方が安いぐらいなのだが何より時間がかかるしめんどくさい。
そのため居候のような形でおれの家に住んでいたのだ。

そのちひろが出ていったのならその先の第一候補はもちろんそのアパートになるわけだ。
今のおれが未練たらたらストーカーに見られようが仕方がない。
あんな別れ方はあんまりだ。

電車に揺られ、その後徒歩10分弱。
おんぼろなアパートの2階の一番端。
表札には雪柳と書かれている。

とは言っても合鍵を持ってるわけではない。
インターホンを押す。
いかにも昭和らしいビーという音が部屋の中から聞こえてくる。
しかし返事はない。

続けてノックをする。
しかし中に人がいるような気配はない。

すると階段からガタイの大きなシルエットが登ってくるのが見えた。
おばちゃん「あきらちゃん久しぶりねぇ!」
あきら「お久しぶりです。大家さん。」
おばちゃん「ほら!こっちあがんな!」

あきら「お邪魔します」
見渡した部屋は前あがったちひろと同じ間取りなのに気が付いた。
大家だからと言っていい部屋に住んでいるというわけではないらしい。
おばちゃん「はい、若い人はコーヒーの方が好きだろう?」
あきら「ありがとうございます。」
ミルクのないインスタントコーヒーをすすりながら大家さんの話を聞いた。
おばちゃん「いくら彼氏ちゃんと言えど鍵は開けられないねぇ。」
別に鍵を開けてもらいたいだなんて思ってないのだが。
おばちゃん「一昨日来たわよ。ちひろちゃん。」
あきら「え!ほ、本当ですか!?」
大家さんはお茶を啜りながら続ける。

おばちゃん「ふぅ。なにやらキャリーバックを持って行ってね。旅行かいって聞いたら違うって言われたんだよね。ずずっ。」
キャリーバック?実家に帰ったのかと思ったが、実家に帰るのにキャリーバックが必要か?
おばちゃん「てっきりあきらちゃんと一緒に終末旅行でも言ったんじゃないかっておもってたわよ!あははははは!でもあきらちゃんと一緒じゃいなんてねえ!あたらしい男作っちゃったんじゃないのってねえ!あはははは!」
え、いや、まさか…
おばちゃん「やだねぇ!冗談じゃないの!」
ばしっ!
背中を急にたたかれてコーヒーがこぼれそうになった。

急に大家さんの顔が真剣な目つきに変わった。
おばちゃん「あのときちひろちゃんは思いつめた顔をしていたわ。あなたにもなにかできることがあるんじゃないかしら。」
あきら「はい。」
おれは大家さんの顔を見た。大家さんはおれに目を合わせずにただ真っすぐを向いていた。

こういったおばあちゃんは一度話し出すと止まらない。
アパートを出るころにはもう夕方になっていた。
あきら「お邪魔しました。ありがとうございました。いろいろと。」
おばちゃん「なんのなんの!今日はお話出来て嬉しかったわ!まだ地球が残ってたら会いに来て頂戴ね!」
あきら「はい。また来ます。」
いつ底が抜けてもおかしくない階段を下りながら大家さんに一礼して別れを告げた。

結局ちひろの情報は何もわからず終いだった。
ちひろ、今どこにいるんだ。何をしてるんだ。
もう一回戻れないだろうか。8月1日に。


たつき「あれ?あきら?あきらか!」
あきら「うん。久しぶり。」
帝東学園サークル棟。1階の隅にある軽音楽部。
おれがバイトを休んでやりたかったことの2つ目はこれだ。
たつき「なんだあきら?地球滅亡と聞いておれらが恋しくなったか?」
[音林たつき。4年。ドラム担当。]
軽くドラムを叩きながら嬉しそうな表情を浮かべている。

彼は昔おれが組んでいたインディーズバンド、「TAFI」のメンバーの一人だ。
なぜ今さら解散したバンドのメンバーに会いに来ているかというと、それは1ヶ月前。配達のバイト中にたつきとばったり会ってしまったのだ。

たつき「おい!あきら?あきらじゃねぇか!ひっさしぶりだなおいいいい!元気してたか?」
お互い自転車を木の下に止めて話をした。

あきら「最近はこんなとこかな。」
たつき「そうか。お前も大変なんだな。そうだあきら!せっかくだしよ、バンドしねぇか?またみんなで集まってよ!やろうぜ!」
おれは一瞬考えたがすぐに答えを出した。
あきら「ありがたい誘いだけど、断らせてもらうよ。だってさ、あれだろ…わかってるんだ。ごめんな。」
少し俯いたあと、たつきは顔をあげた。
たつき「うん。わかった。久しぶりに会えて嬉しかったよ。頑張れよ。またな!」

お互い自転車にまたがり、漕ぎ始めた瞬間。
背後から大きな声が聞こえた。
たつき「誰もお前のこと責めてないから!それだけは覚えててくれ!」
そんなこと、おれが一番わかっていた。

そして今、もしかしたらと思って部室に来た。
恐る恐る口を開く。
あきら「あの、こんな都合のいいこと言っちゃいけないと思ってるんだけど…」
するとたつきは突然ドラムを辞め、肩を組んできた。
たつき「ふふふ。わかるぞあきら…
やりたいんだろ!地球最後のラストライブ!」
おれが考えてることはお見通しだったようだ。
あきら「いいのか?」
たつき「残りの2人もちょうどこの前ライブが終わってひと段落したところだ!きっと引き受けてくれるさ!」
1年前まで組んでいたバンド。もしできるのなら地球が終わる前にもう一度音楽がやりたい。この4人で。

あきら「お願いだ。あれにもう1度、バンドをやらせてくれ!」
たつき「ああ!もちろんだ!今すぐ二人に連絡だ!」

ガチャ
ほどなくしてすぐ二人がやってきた。
ふみや「おつかれーっす。お、ほんとにあきらいんじゃん。」
あきら「久しぶり。二人とも」
いつき「おひさ~。」
とうとう4人がそろった。
実に1年ぶり。少し感動している。

たつきが1歩前に出る。
たつき「えぇ、この度は!集まってもらって感謝する!その理由はほかでもない!TAFIの復活だ!」
椅子を前後逆にして座るふみやがゆっくりと喋りだす。
ふみや「へえ、まあちょうど暇だったしいいけどさ。いけんの?あきらさん?」
おれはまっすぐ目を見て自分に誓うように宣言する。
あきら「うん。やってみせる。これから1ヶ月弱。よろしくお願いします!」
とうとうTAFIが復活した。

がしかし、うまくいくわけがなかった。
ふみや「なあ?ふざけてんの?」
ふみやが胸ぐらをつかんできた。
いつき「ねぇやめなって~。あきらは1年ぶりなんだし。」
ふみやの目線がいつきへと移る。
ふみや「あぁ?こんなんでライブになると思ってんのかよ。」
今思えば当たり前だった。
1年ぶりに集まったメンバーが1ヶ月以内で仕上げることなんてできるわけがなかった。

ふみや「ライブもう1週間切ってんだぞ。こんなんでできるわけないだろうが!」
たつきが仲裁に入る。
たつき「おい!それ以上はやめろっ!」
ふみやは舌打ちしながら胸ぐらから手を離した。
ふみや「わかった。じゃあいつきだけ貰ってくからな。いくぞ。」
いつき「はいは~い。」
たつき「お、おいまて!」
おれはたつきの腕を掴んだ。
あきら「いいんだ…いいんだたつき。おれがバンドをなめてたんだよ…ごめんなたつき。せっかく誘ってくれたのに…」
そういって、2人が出て行った後に続いて部室を出た。
たつきの顔を見ることは出来なかった。


8月31日まで1週間を切った。
ネットやテレビでは隕石落下阻止失敗のニュースが流れ、社会も徐々に焦りが蔓延していた。

ピンポーン
家のチャイムが鳴った。
ゆうき「ごめんくださーい!あきらくんはご在宅ですかー!」
ガチャ
ドアを開けると親友が立っていた。
ゆうき「よう親友!あと1週間切っちゃったなあああ!」
あきら「ゆうき…実家には帰らなくていいのか?」
ゆうき「まあねー。そういうあきらさんはどうなんですかい?」
あきら「同じく。実家には帰らなくていいかな。
まぁとりあえずあがれよ。」

ゆうきとは長い付き合いだ。
現在の学校は違うがこうやってちょくちょく会っている。
エアコンの設定温度を上げつつ、コップを2つ用意した。
あきら「麦茶でいいか?」
ゆうき「おうわりぃな!サンキュー!」

このくらい仲がいいとほとんど無言である。
気まずくなることもなく、ゆうきは靴下を脱ぎ散らかし、おれは麦茶を片手にスマホを眺めている。

8月26日。
スマホに移った日付を眺める。
結局1ヶ月前と何も変わっていないじゃないか。
むしろ悪化しているような気もする。

ゆっくりゆうきに視線を移す。
残った麦茶を飲みほしてしゃべり始める。
あきら「なあゆうき。お前暇だろ?」
ゆうき「まぁ、暇だけど…何かやりたいことでもあるんか?」
おれは1つの可能性に賭けることにした。
あきら「ヘブンツリー、登んね?」


世界が終わる間際と言えば犯罪がはびこり、街が暴徒化するイメージもあるだろうが、全然そんなことはなく街は静まり返っていた。
みんなどこかで希望を持っているんだろう。
また9月がやってくる。9月が来たらまた日常に戻れるように。
できるだけそのままの姿にしておきたいんだろう。

8月30日。ヘブンツリーもまた普段からは考えられないほど静寂に包まれていた。
ヘブンツリーの下層部にある商店街のほとんどのお店はシャッターが閉まっており、空いているお店はなかった。

いつもは数十分待つであろう高速エレベーターも今の状態では待ち時間0で乗ることができる。
ゆうき「エレベーターまだ動くんだな。」
あきら「商店街の店員も、ヘブンツリースタッフもほとんど出はらっている中、有志のスタッフが残って最低限で動かしてるらしいよ。」
ゆうき「へぇ。よく知ってんね。」
これは前回何回も足を運んで調べて得た情報だ。
今回はその必要はない。

エレベーターで最高展望台まで登り、そこから管理室へと足を運ぶ。
そこにはスタッフが1人いるのでゆうきに注意を引いてもらい、おれはその隙に鍵を手に入れる。
その鍵で展望台のさらに上、屋外へ出る点検用梯子がある扉を開ける。
内側から鍵をかけ、寝袋を敷く。
さっき商店街でくすねてきた食料を広げて最後の晩餐だ。

ゆうき「明日だな。まさかお前がこんなことするなんて思いもしなかったよ。でも一体どうやってこんな計画思いついたんだ?」
あきら「もう1人の自分が教えてくれた的な?」
ゆうき「なにそれお前きっしょ…」

2人は寝袋に入る。
あきら「ありがとな。ゆうき。ほんとに。」
ゆうき「お前、ガチできもいぞ。メンヘラか?」
そんな他愛もない会話が続き、結局一睡もせずに朝を迎えた。

屋外のデッキに出る。
寝不足の目には日差しが痛かった。

徐々に赤く染まる地平線。あの時と全く同じ。
後ろからゆうきの声が聞こえる。
ゆうき「なぁ、やっぱりやめねぇか?おれさ、お前と一緒にヘブンツリーの上でこの景色を見ながら死ぬのも悪くないかなって。」
これも全く同じ。

おれはこの1ヶ月で気づくことができた。
おれは多分、死にたかったんだ。おれこそが愚民だったんだ。
それを見栄張って、別の理由を付けたかったんだ。
そして寂しかったんだ。そんな男なんだおれは。

叫んでいるゆうきに走って近づく。
あきら「ゆうき!一緒に飛ぶぞ!」
前回よりも強く腕を引く。
ゆうき「あ、ちょ、おい!」
よろめいていたゆうきの足取りも、どんどんおれの歩幅に合っていった。

2人で勢いよくジャンプする。
ものすごい轟音、黒く染まる地平線。
あの時と同じ。

でもこれだけは違う。
もしまたもう一度。
もう一度あの日に戻れるならやり直したい。
世界が終わってしまうのは決まっていても。
おれはこの1ヶ月が最高だったと言えるように!
悔いはないと胸を張って言えるように!

そう思いながらまた落ちていく。
あきら「ゆうき!(またな!)」
ゆうきは涙を流しながら目をつぶっていた。
恐らく聞こえてないだろうが問題はない。
おれはどこかで、また8月1日に戻れると確信していから。

おれはもがいてやる。
最後の最後まで。
最高の1ヶ月になるまで。

ープツンー


とある一室。
男1「まさきさん!たった今堺あきらの2度目のループを観測!3度目の8月1日です!」
まさき「そうか。ループ条件はわかったか?」
男2「現段階では確証はありませんが、おそらく堺あきらの自殺である可能性が高そうです。」
まさきと呼ばれるその男性は怪訝そうな目つきでモニターを見つめる。
あきら「よし、わかった。このままあきらにはループしてもらう必要がある。
早急に例の準備に取り掛かるぞ。」
その他「「はいっ!」」

まさきはゆっくりとした歩幅で歩き出す。

いいかあきら。全てお前にかかっている。
頼んだぞ。世界のために。

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