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ヤマネコの保護 × 対馬創生 × 米の生産・直販事業でイノベーション(わくわく)を

今日は、ツシマヤマネコについてふれながら、私たちMITが事務局を担っている佐護ヤマネコ稲作研究会の活動をご紹介します。

対馬の自然の豊かさの象徴、ツシマヤマネコ

ツシマヤマネコは、国の天然記念物であり、環境省レッドデータリストで最も絶滅リスクの高い絶滅危惧種IA類に指定されています。その生息数は、2000年代まで減少傾向が続き、2010年代前半から後半にかけては若干回復傾向に、現在推移は横ばいとなっています(2020年3月30日ツシマヤマネコ生息状況等調査<第五次調査>)。

地球上で対馬に100頭弱しかいないネコ科動物。ベンガルヤマネコの祖先が約10万年前に当時陸続きだった大陸から渡ってきて、ツシマヤマネコへと進化しました(分類上は、ベンガルヤマネコの亜種アムールヤマネコの地域個体群)。ちなみに、対馬の最古の越高遺跡は、縄文時代(今から約7,100年〜6400年前)のものであり、対馬の人々の祖先が対馬で暮らし始めたよりも遥か昔からヤマネコは対馬に棲んでいます。

大食漢のヤマネコは、ネズミ類や鳥類、魚類、昆虫類と色々な生き物を餌とし、対馬の「生態系ピラミッド」の頂点にトッププレデターとして君臨しています。ヤマネコの餌が少なくなれば、当然ヤマネコは生きていけません。日本で三番目に大きな離島(面積708.6 km²)とはいえ、地域の自然環境が悪化しても逃げ場が限られる島の中で、気が遠くなる程の長い期間、ヤマネコが絶滅せずに子孫を残し続てきたのは、まさに奇跡です。それだけ、対馬の自然はずっと豊かだったということなのでしょう。

今ツシマヤマネコが絶滅の危機に瀕している理由には、多かれ少なかれ、私たちの人間活動が影響しています。環境省では、脅かす要因として、好適生息地である落葉広葉樹林が減少した他、間伐の行われていない針葉樹植林が増加した結果、餌となるネズミ類の生息密度が低下したことを挙げています。さらに、河川改修や道路建設などによる生息地の分断、交通事故死が主な減少要因となっています。また、近年イエネコからの病気感染も確認されています。最近では、イノシシやシカの増加による生態系への影響(森林内の下草がなくなり、ネズミ類が減少)も懸念されています。

私も野外の個体を何度か目撃し、幸運にも写真に収めたことがありますが、見た目や行動も何とも可愛く(実際は極めて凶暴らしい)、アイドル的な要素を持っています。空前のネコブームも拍車をかけ、全国でもヤマネコファンが増えてきており、保護活動への関心も高いといえます。

野生のツシマヤマネコ(吉野撮影)

可愛いから守ってあげたいと思う人は多くいると思いますが、対馬の暮らす私たちにとって、ツシマヤマネコを守る理由は果たしてそれだけなのでしょうか。

今でもヤマネコが奇跡的に生き残っているのは、対馬には多様で豊かな自然環境が存在していることを示しており、ツシマヤマネコは対馬の豊かさの象徴、対馬の誇りといっても過言ではありません。しかし、ヤマネコが今絶滅の危機に瀕しているということは、対馬の豊かな自然環境も危機的状況にあるということです。それは、ヤマネコだけでなく、自然の恵みを享受している私たちにとっても由々しきことです。対馬の人々が先祖代々からヤマネコと共生してきた対馬の豊かさや誇りを、私たちの世代で終止符を打つわけにはいきません。

対馬の地域創生の中でツシマヤマネコを最大限生かす

日本においては、野生のネコ科動物は沖縄県の西表島と対馬島にしかいません。「ヤマネコがいる自然豊かな島」というのは地域創生の文脈においてもとてもとても大きな強みです。全国津々浦々、それぞれの地域が固有性や希少性を武器に観光振興や移住政策などを躍起になって進めていますが、対馬はヤマネコがいることだけでも、全国でも大変稀な尊い地域になっているのです。「ヤマネコと共生する島づくり」に資する活動を実践し、もっと戦略的にPRしていくことで、環境意識の高い人々が来島し、交流人口・関係人口、ひいては移住・定住につながっていくと思います。

一方で、ヤマネコと対馬の暮らしとの直接的な因果関係は見えにくいです。そもそも、ヤマネコを見たことのある対馬市民も限定的です。そのため、極論を言えば、仮にヤマネコが絶滅したとしても、対馬での人々の暮らしには影響がないし、困らないかもしれません。

実際に、ヤマネコの保護が大事なのか、対馬市民の暮らしが大事なのかという二元論的な考えを持ち、自分たちの生活がきついのに、ヤマネコのために行政の予算を使うのはどうかと主張する住民も少なからずいらっしゃいます。残念ながら、19人いる現職の市議会議員も、政策・公約にヤマネコの保護推進を掲げる議員はいません。そのためか、対馬市ではヤマネコの保護は、行政が取り組む課題としては優先順位は低いと考えている節があります。

私は島外から対馬の自然環境の豊かさやヤマネコがいることに魅力を感じて移住してきた一人ですので、今の現状はとてももったいないと思っています。ツシマヤマネコを対馬市民のために、対馬の地域創生のために最大限生かしたらいいのではないか。そう思います。

米の生産・直売事業で高付加価値化を実現するヤマネコ・ブランド

対馬では、平地が島の1.3%しかなく、農地が大変限られています。その中でも、島の北部にある上県町佐護地区は、対馬でも有数の水田が広がる農村です。ヤマネコは、行動範囲も比較的広く、多様な自然環境を利用していますが、その中でも、田んぼは湿地環境として餌場や仔育ての場として重要です。

私の琉球大学の学生時代からの恩師である伊澤雅子先生(北九州市立いのちのたび博物館 館長)や中西希さん(同博物館学芸員)が長年に渡り、ヤマネコのフィールド調査を続けられており、ヤマネコの行動圏や餌資源の利用等、生態学的な特徴についても知見が蓄積されています。佐護地域でも調査をされており、複数のヤマネコが生息し、田んぼを利用していることがわかっています。

佐護ヤマネコ稲作研究会(以下、研究会)は、2009年に農家や地区の区長、役場職員、環境省ヤマネコセンター、どうぶつたちの病院、住民らで立ち上げらた任意団体です。ヤマネコが利用する田んぼで作るお米を、農家さんたちができる限り減農薬・減化学肥料で栽培することで、ヤマネコの餌となる生き物の餌(水生生物など)を増やし、ヤマネコにとっても好適な環境を作る出すことを目的にしています。研究会の農家さんが作ったお米を佐護ツシマヤマネコ米(以下、ヤマネコ米)として販売しています。

ヤマネコ米とヤマネコの一年
佐護ヤマネコ稲作研究会の集合写真(2021年)

2015年以降は、事務局を私が代表を務める(一社)MITが担っており、通販による直売や、神戸/那須どうぶつ王国をはじめとする全国のヤマネコを飼育する動物園等への販売、対馬内のお土産店舗での委託販売などを行っています。3合袋のパッケージは、MITデザイナーであり、妻の吉野が担当しており、一眼につく愛らしいデザインになっていて、お土産としても好評です。

大人気佐護ツシマヤマネコ米(新米は9/10以降から!)


「コウノトリ育むお米」やトキ米(朱鷺と暮らす郷認証米)等、生き物多様性ブランド米は全国に増えてきており、第三者認証制度を導入しているものもあります。ヤマネコ米は、自主認証ということで、自分たちでルールを決めて、実施しています。自動撮影カメラによる定点モニタリングや、ヤマネコの糞などの痕跡調査を定期的に行い、ヤマネコが実際に田んぼを利用していることを確認することで、ヤマネコ米たる所以として立証しています。

自動撮影カメラに映ったヤマネコ@佐護の田んぼ

通常のお米と比べて、価格は決して安いわけではなく、3合袋600円、5kg袋3,300円です。また、田んぼのオーナー制度も運営しており、年間の会費を1口30,000円頂き、その代わりに現地イベント(田植え/稲刈り)に参加でき、新米30kgと現地の情報を提供するニュースレター等をお送りします。

日頃からヤマネコとの共生の道を探し努力している農家さんの姿や栽培の様子、そこで暮らすヤマネコの様子を発信し、消費者の皆さんに伝えることで、年々ファンが増えてきています。おかげさまで、ヤマネコ米の取引は年間25tになりました。2013年に始めた時は12口でしたが、12年目の今年はなんと207口も全国からオーナーになっていただきました。農協でお米を卸すよりも倍以上の収入を農家さんも得ることができ、張り合いがあると喜んでいます。

オーナーイベント(稲刈り)

イノベーション(わくわく)がじわりじわりと沸き起こっている

佐護ヤマネコ稲作研究会は、日本最高峰の自然保護を讃える「日本自然保護大将(H28年度)」の地域の活力部門に入選しました。今も、多くのメディアにも取り上げていただき、ヤマネコ米はますます人気が出ていくと思っています。

研究会の取組みは、ヤマネコも農家さんも、消費者の皆さんも喜ぶwin-win-winの取り組みモデルだと自負しています。ヤマネコが大事か、農家や市民が大事かの二元論ではなく、どちらも大事なんだからどちらにもメリットなる第三の道として、仕組みを新しく作っていく。これは、対馬の農家さんと消費者の皆さん、那須/神戸どうぶつ王国をはじめとする企業・行政関係者の皆さんが同じ目標に向かって連携体制を取ることで生まれたイノベーションだと思います。

今後、より多くのファンの方々に支えていただき、ヤマネコ米の生産や消費に貢献していただくことで、ゆくゆくは佐護平野全体の田んぼ(80ha)をヤマネコと共生する農法(なるべく減農薬)へと切り替えていけたらと思います。実際に頑張るのは、消費者の皆さんや農家さんですが、仕組みを作るのは私の役割です。ちなみに、現在は、研究会の農家さんが生産している面積は40ha!

さらにその先には、もっと多くの対馬の農作物や林産物、場合によっては水産物(森里海はつながっている!)で、同じような取組みが広がっていけば、もっと多くの消費者や関係者を巻き込み、未知なるイノベーション(わくわく)が生まれていくと期待しています。

最後に…

今でこそ、ツシマヤマネコは全国的にも知名度も高くなりましたが、ヤマネコの保護については、NPOツシマヤマネコを守る会という保護団体が1993年から活動をはじめ、ヤマネコのための保護区(トラスト地)での環境整備や普及啓発に精力的にご尽力されています。先日、会長の山村辰美さんの訃報が届きました。生前、山村さんは私に会うたびにヤマネコやカワウソについて熱弁され、本当にこの方はヤマネコを愛しているんだと感銘を受けていました。山村会長がヤマネコの保護に与えた影響はとても大きく、対馬の誇りとしてヤマネコの存在を世間や対馬市民に認識させた第一人者です。山村会長のご冥福をお祈りいたします。

ヤマネコ米の売上の一部は、毎年、ツシマヤマネコを守る会に寄付をしています。寄付ができるまで売上が伸びた最大の理由は、2014年から那須どうぶつ王国さん、その後2017年から神戸どうぶつ王国さんに大口でお米を仕入れていただいていることにあります。両どうぶつ王国の園長であった佐藤哲也国王は、当時から域内のヤマネコの保護と地場産業の活性化を両立することが重要だと考えられ、動物園でヤマネコ米を消費者に届ける受け皿になっていただきました。なぜヤマネコを飼育していない動物園(現在は那須どうぶつ王国でヤマネコを飼育中)で遠く離れた対馬で生産されたヤマネコ米を仕入れるのか?おそらく、導入に至っては国王も社内外の多方面から疑問の声もあったのではないかと思います。

佐藤国王は、2024年3月に亡くなられましたが、生前何度も対馬に足を運んで頂き、研究会の農家さんたちと意見交換をして、ヤマネコ米は動物園でちゃんと売るから、安心して美味しいお米を作って欲しいと力強いメッセージを頂いていました。研究会の代表として私は神戸どうぶつ王国で行われたお別れ会にも参列いたしましたが、350名の参列者や社員の皆様の佐藤国王に対する敬意の気持ちが感動の会でした。佐藤国王の強いリーダーシップと行動力、お人柄、ヤマネコをはじめとする動物たちへの深い愛情の恩恵を受けて、ヤマネコ米がこんなにも世の中で広がっているんだと気づき、感謝の言葉もありませんでした。佐藤国王のご冥福をお祈りいたします。


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