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プロフェッショナル・ペインティング

ガコンガコンと音をたてて、ベルトコンベアに乗った素ウマが流れてくる。
おれがこのアニマル生産工場のペイント部に勤めて十年になる。いわゆるライン工だ。
この仕事はスピードが命。一分で素ウマに縞模様をつけて、動物園の人気者、しまうまへとペインティングする。速さも大事だが、その縞模様へのこだわりも忘れないのが職人ってもんだ。
「あーあ、おれも右のレーンが良かったっす。ロバのペイントなんて簡単じゃないっすか」
後輩の木下が愚痴をこぼす。
「おれ、ここに入社するまで知らなかったです。しまうまがロバの近縁だって」
新人の岡田はきょろきょろと落ち着きなく工場のそこかしこを見回す。
「うるせえ、口じゃなくて手を動かせ」
二人を叱りつけ、目の前の素ウマに取りかかる。白、黒、白、黒、白・・・。一分は、短いようでいて、長い。ペインティングの間は無意識に呼吸が止まっているのだろう、尻尾まで塗ったところで深い、ため息がでる。息継ぎの途中でまた、新しい素ウマがやってくる。それの繰り返しだ。集中力、自分との戦い・・・
「畑本さん!やべえっす!岡田がやっちゃいました!」
気を高めていたところに、木下の声が工場内に響きわたる。
振り向くと、そこには全身白と黒のボーダーが横にペイントされたウマがいた。
「お前、研修で何習ったんだよ!しまうまの胴体は縦縞だろ、縦!で、足にかけてこう・・・」
木下が岡田を怒鳴りつける。
「すみません、その、普段ボーダー柄よく着てて、無意識に・・・」
岡田が小さくなって頭を下げる。
「畑本さぁん、どうします、これ。一旦生産部に戻します?」
木下はそう言うが、生産部は素ウマを組み立てるだけで、ペインティングの問題は解決できない。
「いや、塗り直しリペインティングだ」
おれは白のインクバケツをしまうま(横)にぶっかけた。ベルトコンベアからぽたぽたとインクが滴り落ちる。
「でた、伝家の宝刀、バケツ塗り」
あとで総務に怒られますよ、木下がぼそっとつぶやくのを無視して、唖然としたままの岡田にハケを握らせる。
「白はもう塗ってある。五十秒で黒縞を塗れ」
は、はい!と岡田が慌てて今や白馬に近しいそれに駆け寄る。
「おい、岡田!」
背中に向かって声をかけると、岡田はびくっと震え、泣きそうな顔で振り返る。
「さっきのボーダー、塗り自体は悪くなかった。自信持て」
岡田は安堵の表情で頬を染めると、はい!と大きく返事をしてリペインティングへと取りかかった。
「いいなー、おれ、六年もいて畑本さんに褒められたことないっすよ」
木下が横でぶつくさ言いながら縞を塗り始める。
「お前は調子に乗ると縞が雑になるだろ。・・・まあ、口動かすほど塗りが速くなる器用さは、認めてる」
「うわ、不意打ちやめてくださいよ!あーもう、白・黒・黒になっちまった!」

おれがこの工場に勤めて十年になる。来月の人事面談では、花形のチーター課へ異動希望をだす予定だ。ここで鍛えたペインティング力を、より高いものへと昇華させるために。
ガコンという音とともにまた新たな素ウマが流れてくる。おれはもう一度深く息継ぎをして、ハケを握りしめた。


【作品後記】
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteのお題「1分しまうま」に参加させていただきました。

模様をつける仕事があったらおもしろいかなーと思って書いてみました。職人気質なおじさんのお話です。
珍しく、初めは別のお話を考えていて・・・動物園で、幼稚園受験を控えた親子の話・・・そっちはボツになりそうです。
今回初めてルビを振ってみたんですが、ちゃんとできてるかな?(追記:できてました、よかった!)
技名みたいで、ちょっと厨二感がでておもしろかったです。