見出し画像

推しの正しい愛し方

紫苑くん、私の推しは、いわゆるメンズ地下アイドルで、7人グループのひとりだった。
名前に合わせて薄紫のカラコンをつけたその瞳は、どこか懐かしくて切なくて、歌って踊る紫苑くんと目があったその瞬間に私は理解した。ああ、この人は、この世の宝。
だけどその真理とは裏腹に、紫苑くんの人気ランキングは常に最下位だった。
「紫苑ってさ、頑張りすぎて空回りしてる感じが、見ててしんどい」
「わかる、アイドル向いてない。七番目の男って呼ばれるのもしかたなくね?」
ライブ後のチェキや握手会の列はがら空きで、他メンバーを推す女たちの声がいやに響く。
紫苑くんが気まずそうに微笑んで「なんか、ごめんね」と私の手を握る。

『一度でいいから、一番のアイドルになってみたいな・・・なんて( ;ω;)』
紫苑くんがブログでその胸中を綴ったとき、こんな不条理が許されていいわけないと思った。
だから、紫苑くんが一番になるためならなんだってできた。
ライブの遠征に参加するために正社員を辞めた。
バイトを5社掛け持ちして昼夜を問わず働いた。
顧客の個人情報はかたっぱしから売りさばいた。
物販やチェキはサクラを雇って行列をつくらせた。
何百というTwitterアカウントのそれぞれで、紫苑くんへの想いをしたためた。
5ちゃんねるのスレではファンとアンチの両方を装って激しいレスバトルを繰り広げた。
際どい動画で個人サイトへ誘導し、稼いだ金で紫苑くんが所属する運営の株を買った。
紫苑くんの地元の町長とねんごろになって、ふるさと大使に任命させた。
幾度かの季節が移りかわって、ソロCDの売り上げ枚数が日本の人口を超えた日、紫苑くんは名実ともに「一番のアイドル」になった。

CD売り上げランキング1位を記念した握手会で、紫苑くんを「七番目の男」なんて呼ぶ女はもういない。
整形アップデートを繰り返した紫苑くんの顔には地下アイドルをしていた頃の面影はないけれど、薄紫の瞳は変わらない。
「次のかた、どうぞ」
スタッフの案内を合図に、紫苑くんと私の目があう。
そして、初めて思い出す。
小さい頃、宝物にしたくて、駄菓子屋で盗んだ薄紫色のビー玉。
結局、盗んだことが知られるんじゃないかと思うと面倒で、体育の授業でグラウンドに埋めた、あのビー玉。

私に向かって、紫苑くんが微笑みかける。右手を差し出して待っている。
でも、どうして、私の身体は動かないんだろう。
どうしてこんなときに、思い出すんだろう、今さら。
「手が・・・」
震える声に、うん?と紫苑くんが首をかしげる。薄紫の瞳に微笑みを残したままで。
「私の手、汚れてるから」
ごめんなさい、つぶやいて、紫苑くんに背を向けて駆け出す。
過剰なほど置かれた会場の照明が、逆光になって私を照らしだす。
自分の影を踏みながら、逃げるように遠ざかる。
ごめんなさい、私なんかが。ごめんなさい。
泣きながら、何度も何度もつぶやく。
堪えきれずついにうずくまるその影に、涙の粒がこぼれ落ちては暗く、重なりあう。


【作品後記】
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteのお題「君に贈るランキング」に参加させていただきました。


主人公は、紫苑くんのためにしてきた「推し活」そのすべてを、悪いこと・汚いことだとは最後まで思っていません。
だけどたった一度、宝物にしようとしたビー玉を盗んだあげくぞんざいに扱った、その記憶が紫苑くんという存在にいつの間にか紐付いていて、ついにたぐりよせてしまったんですね。
そして自分には彼を推す資格なんて初めからなかったことに気づいてしまいました。
「推しの正しい愛し方」というタイトルですが、愛し方がわからなくなってしまったお話でした。

普段は解説のようなことは書かないのですが、なんとなく今回は書いてみました。
誰かのために必死で頑張ってきたつもりでいたけど、初めての気持ちを思い出したとき、あれ?なんでこうなっちゃったんだろう?どこで間違えたんだろう?って気持ちになること、誰にでもあるのかなぁと思います。