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物事には必ず相応しいタイミングがある

何かの偶然を偶然だと思ってやり過ごすのか、はたと立ち止まって考えるかで、その後の人生は変わるかもしれない。
その時、それが起こった、何かを始めた、そんなきっかけを大事にすることの積み重ねで幸運が開かれていくのではないだろうか。
私は、割と継続するのが得意な人間だと思う。
継続のコツは、労少ないことを延々と続けていくことだ。
たとえば、私は1年ほど前に中国語の勉強を始めることを決意した。
きっかけは、中国の存在感が増しており、中国のことを知っておくことが決して無駄にならないと感じたからだ。
そんなきっかけか、と思われるかもしれないが、始められればきっかけは小さなものでも構わない。
大切なのは、その先に大きな世界が待っていることなのだ。


最初は、発音のページの表から始める。
3分以内の勉強でいいくらいの気持ちで、やる。
1mm成長するつもりで取り組む。
それでも、ああだこうだしている内にあっという間に10分が経過する。
それは、それで良しとする。
そんな勉強ともつかない勉強を継続している内に、偶然中国人の留学生と話す機会があり、飛びついた。
週一で中国語を教えてくれないかと頼んだところ、OKをもらうことができた。
タダでは悪いので、こちらも日本の名所を英語で紹介することを約束した。
もちろん、たどたどしい英語ではあるけれど、これはこれで自分の中国語にも英語にもプラスになる。


何はともあれ、ここが一つの転機となり、中国語へのギアがチェンジする。
それでも、まだまだ幾つもの壁がある。
HSKという公認の中国語の検定は6級まである。
もちろん、そんな最上位まで望んではいないにしろ、のらりくらりとまた続ける。
いつか話せればいいな、という思いを抱きつつ・・・。
その内に、毎日のルーティンを振り返り、外国語の勉強をする意味を考えるようになる。
「なぜ、中国語を勉強するのか」と。
そしたら、留学生さんから「外国の異なる価値観や考え方に触れることができることに価値がある」というよくある回答を聞き、心底納得する。
「なるほど、そうか!」と改めて腑に落ちることも、あるものだ。


そんな折、インターネットの中国語のニュースを流し見てみたり、YouTubeの中国語の番組を覗いてみたりなんかする行動が出始める。
そして、遂に中国語で書かれた本を購入するあたりから、次のギアチェンジが訪れる。
この時には、勉強する量が自然と増えていく。
これが、私の中国語のこの1年間の学びのプロセスだ。
針の先くらいのきkかけから、すっかりハマっていってしまうのだ。


さて、ここまでを構造的に捉えてみると、やはり最初は無理しないことが大事。
そして、気持ちにギアが入るタイミングは必ずある。
その好機を決して逃さないことが重要だ。
ちなみに、中国語は現在も日々勉強中。
焦らず、しかし確かな歩みで続けていく。
忙しい日は無理をしないようにしている。
それでも、いったん安定したサイクルが確立してしまえば、柔軟に続けられる。
ここまで持っていく粘りをみせたい。
また、次のギアチェンジが訪れるかもしれない。
2年後くらいに、上海や西安を訪れ、自分の中の世界が変わる可能性はあるのだ。


こんな感じで、自分の気持ちの先にあるちょっとした前向きな「欲」を大事にする。
翻って、先日身近な人の訃報を耳にした。
急に日常が重くなり、食事の箸の動きさえ鈍くなる。
人間が生き物であることを悟ったりする。
そして、この意味は何かと考えてみる。
これも決して偶然ではないのだろうと、何か自分が新しい道を切り開くきっかけではないかと考えを巡らしてみる。
周囲の親しい友人と話をしてみてもいいかもしれない。
大切なことは、相応しいタイミングに応えて、その都度動いていくことではないだろうか。

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