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希望の園の川上さんのこと

(2022年3月の記録)


去年の夏に取材した、
希望の園川上画伯が亡くなったと連絡をいただいた。

夏に続いて、今年の2月にもう一度お会いする機会があった。
そのときは川上さんではない、別の方の取材だった。
それでも取材の合間に二度ほど、
私は川上さんの隣にいって、しゃがんで過ごす時間を持った。
多分どちらも、1分か2分くらいの時間だったと思う。

わいわいと賑やかな作業室の一画で、
川上さんは車椅子の上で静かに過ごされていた。
うとうとされたりもしていた。

すべてを受け入れたおじいちゃんみたいであり、
同時にまあたらしい赤ちゃんのような
いろいろを超越した、
限りなくピュアで魂そのものみたいなところにいらっしゃるように、
勝手ながらそう感じた。
決して川上さんの死を予期したわけではなく、精神的にという意味だ。

私は温泉に浸かるみたいに
その佇まいを味わっていたくて、
隣でしゃがんで、じっとしていた。

許可を得るような気持ちで、少しだけ声をかけたり、腕に触れたりした。
川上さんはちょっとだけこちらを見たが、
これもまた勝手ながら「どちらでもOK」という感じを出されているように感じて、
隣にいさせてもらった。

その静けさの中にお邪魔して、ご一緒した、
長くて、でもごく短いひととき。
周囲の賑やかさも、流れている時間も切り離された場所。

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川上さんの生命力溢れる作品、
希望の園の村林さんや他のスタッフの方を伴って制作される様子、
そしてご本人の佇まい。
短い時間だったけれど、触れられてうれしかったです。
淋しいです。でも何より、ありがとうございました。

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DIVERSITY IN THE ARTS TODAY
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