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理想の書物 その集大成――Museum Collection #3 うらわ美術館

全国の美術館・博物館が所蔵する古今東西の名品を、学芸員の解説とともに紹介する「ミュージアム・コレクション」。
『本郷』158号よりお届けします。

理想の書物 その集大成                  

 うらわ美術館は、収集方針の一つに「本をめぐるアート」というテーマを据え、本に関する美術の収集・研究を行っています。今回ご紹介する作品は、その存在をご存じの方も多いかもしれません。「世界三大美書のひとつ」とも謳われる名書です。

 本書を手がけたのは、19世紀末の英国で興ったアーツ・アンド・クラフツ運動(工芸革新運動)の中心人物として知られるウィリアム・モリス(1834~96)です。デザイナー、思想家、詩人など、多彩に活躍したモリスは、産業革命によって生じた粗悪な工業製品の大量生産にアンチテーゼを唱え、中世の手仕事の美に見られた生活と芸術との融合を目指しました。その思想は海を渡り、西欧、米国、そして日本など、形を変えながらもデザインの分野において広く影響を及ぼし、20世紀モダン・デザインの源流となりました。

 最も重要な「芸術」を問われたなら「美しい家」と答えよう、その次に重要なのは「美しい書物」と答えよう――。そう語ったモリスが晩年に没頭したのは、理想の書物の制作でした。私家版印刷所ケルムスコット・プレスを設立し、華麗なデザインと美術印刷で一世を風靡します。

 この本は、同プレスの最高傑作です。モリスによって装飾文字や縁飾りが豊かに施され、挿絵(87枚の木版画)は、友人で協力者でもある画家エドワード・バーン=ジョーンズが精魂を傾けて制作しました。手仕事による贅を尽くした挿絵、活字、装飾、装丁が一体となったこの本は、モリスが最晩年にようやく到達した芸術の粋というべき作品です。

         松原知子(まつばら ともこ・うらわ美術館学芸員)

ジェフリー・チョーサー作品集
エドワード・バーン=ジョーンズ(絵)
ウィリアム・モリス(印刷 他)
1896年 木版 49.0×37.1×12.6cm


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