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物事はトレードオフ

今回は私が日頃思っていることの一つである、トレードオフについて書こうと思います。

トレードオフというのは、簡単にいうと、何かとの引き換えに何かを得るということです。(より具体的に理解したい方はこちらを参考にどうぞ。)

何かを得るには何かを捨てなければいけないというのはよくいわれることですが、今回のトレードオフについての話はネガティブな内容ではなく、ある観点と合わせて持っておくと、何かを実行するときに変に考えすぎなくていい、というポジティブな話です。

ワーママがぶち当たる「仕事と子育て」のトレードオフ

仕事をしている場面ではよく遭遇するトレードオフという言葉ですが、個人的にはプライベートでもトレードオフは常に発生していて、それをより良く理解(解釈)することで踏ん切りがつくというか、ある程度線引きができるような気がしています。

このブログでメインテーマにしている子育てもトレードオフの対象の1つになりうるもので、特に「仕事と子育て」はトレードオフの関係になりやすいですよね。
仕事の時間を確保することで子どもと過ごす時間が減る、逆も然りで、子どもにかける時間を多く取ると仕事に割く時間がなくなる、ということはワーキングペアレントなら一度ならず何度も経験することなのではないでしょうか。

でもこの組み合わせのトレードオフは、時に自責の念を生むこともあり、意図せずネガティブな気持ちを生んでしまうことがあります。

特にこの春入園を迎えたママさんは、慣らし保育で泣きながら自分と離れる我が子を見てなんとも言えない胸の痛みを感じた1ヶ月を過ごした方も多いのではないでしょうか。
仕方のないことだとわかっていても、「仕事を優先して泣き叫ぶ我が子を保育園に預けることが正しいことなのか?」と考えたり、目の前の情景を見て自分がとても残酷なことをしている母親のように思えたりすることがあるのではないかと思います。

もちろんそれを乗り越えて登園が当たり前になったタイミングでさえ、ふとしたことをきっかけにネガティブな思いが湧いてくることがあると思います。(例えば、子どもが機嫌が悪かったり、もっとママと遊びたいとわがままを言ったりすると、あー我慢させているのかな、ほんとはもっと遊ぶ時間が欲しいのかな、と申し訳ないような悔しいような複雑な気持ちが湧いてくることがあります。)

でも実際問題、生活のためにも、自分の人生のためにも、働くことは必須なわけで、そこを天秤にかけて考えていても仕方がないことでもあります。働かなくても生活が成り立つ状況にならない限り、ついて回る問題ですよね。

なので、少しでもそういう思いを感じにくくするためにも、トレードオフをよく理解できるようになるともっといいのではないかなと思っています。

”じゃない方” についての想像力と意味付け

”じゃない方” についての想像力

トレードオフをよく理解して、納得感のある解釈に導くために必要なことの1つは「”じゃない方”の想像力」だと思っています。

単純な話ですが、「そうじゃない方」を想像してみてどんな気持ちになるかということです。

例えば、仕事をしない自分を想像してみて、日々の生活がどうなりそうかを考えてみる。そこで湧いてきた気持ちを大事にすると、自分が選択している方が自分にとってより良い選択になっているかそうでないかがわかると思います。

私の場合は、「仕事をしていない自分」は生活に張り合いがなくなり、きっと途中で耐えられなくなって働きたくなると思うし、将来息子が何かの困難にぶつかった時(それが幼少期であれ社会人であれ)、私が自分の人生を通して経験してきたことを1つのケースやヒントとして与えられたらと思っているので、仕事はしていたいなという気持ちが湧きます。

それと、子どもといえど結局は違う人間なので、彼は彼の人生、私は私自身の人生を歩んでいく必要があるし、自分がそうだったように息子もいつかは独り立ちして自分の力で生きていくわけなので、そうなったときに自分自身が子ども以外の生きがいを持っていないといけないと思っています。

というところまで考えると、私には「仕事をして保育園に行かせる」という今の状態が「最善」という結論に至ります。

上記はあくまでも私のケースなので、ここでもし違った思いが湧いてくるのであれば、それを大事にできる方法を考えればいいと思います。
いずれにせよ、そうじゃない方についての想像力を働かせてみて、どう感じるか、ということをやってみるというのがまず1つです。

意味付け

もう1つは「意味付け」です。
単なる事象として片方を選択した結果としてもう一方の対応がそうなった、という捉え方ではなく、そこに意味を持たせるということです。

これは言葉だけではちょっとわかりづらいかもしれないので、少し説明をすると、
たとえば、「自分が仕事をすることを選択したから子どもが保育園に行かざるを得ない」という思考は、前者の「単なる事象として片方を選択した結果としてもう一方の対応がそうなった」という考えになります。

これを、単なる事象としての解釈ではなく、意味付けをすると、
「自分は仕事ができる、子どもは保育園に行くことでたくさんの学びを得ることができる」という思考になります。

保育園はエコという話でも触れていますが、個人的に保育園に預けるメリットはたくさんあると思っているので、私は仕事で得られることがあるし、息子は保育園で得られることがたくさんある、と考えて日々過ごしています。

こう考えると、私は「子どもに我慢を強いている酷い母親」ではなく、「たくさんのことを得られる機会を子どもに与えられる存在」になるので、罪悪感を感じにくくなりますし、自分の選択に迷いを感じなくなるのでそもそも後ろ向きな気持ちを持つ必要がなくなります。

もちろん、息子が本当に甘えたいタイミングを逃しているかもしれないことや、全ての欲求を満たしてあげられていない可能性もあることは理解しているし、親の勝手な自己都合解釈、自己満足、というふうにも思われるかもしれませんが、選択したことを正解にするのは自分自身の気の持ちようと行動です。

なので、子どもにとっても親にとってもそれが正解になるように自分が行動すればいいだけだと思っています。

ママは働いていて楽しい、嬉しい、
子どもは保育園で遊べて楽しい、嬉しい
になれていれば、その発端がなんであれオッケー。

子どもは、ママが嬉しいと自分も嬉しい!って手放しの無償の愛をくれる存在ですからね。

できる時にたくさん一緒にいたらいい。
お休みは気が済むまで遊べばいい。
トレードオフは自分が納得してナンボだと思ってます。

ということで、世の中のママさん、自信持って保育園預けてください!笑

まとめ

今回は子育てテーマに合わせて、仕事と育児についてのトレードオフを題材にしましたが、これ以外にも転職や移住などいろんな場面でトレードオフは出てきます。上記に書いてきたことと同じように、「転職してよかった」「移住してよかった」と思えるかどうかはそれを選択した後の行動にかかっていますよね。

両方を等しく成立させることが難しい状況になったとき必要なのは、そうじゃなかったらどうなるのかという想像と、選択したことへの意味付け。
それをしてみると自信を持って決断できるし、迷いのない気持ちで対応できるように思います。

もしネガティブに感じやすい状況にあるなら、ぜひ参考にして頂けたらと思います。少しでもお役にたてたら幸いです。

 




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