母になることが不安だった私が2児の母になって思うこと
今回は今まで誰にも話したことがない自分が母になる時に感じていたことと、母親業4年目に入った今の心境について書きたいと思います。
昔から結婚して子どもを持つことには何の疑いもなく、当たり前のように思ってきました。それは今も変わらないし振り返ってもそうであってよかったと思っています。なので、特にそれを「しない」ことを考えたことはありませんでした。
ただ、子どもが生まれることになって、私は不安を感じていました。
私が母になれるのだろうか?
私のもとに生まれてくる子は幸せだろうか?
子どもの人生に悪影響を及ぼしてしまうのではないか?
子どもができたことは純粋に嬉しかったし、家族を作っていくことにはなんの迷いもなかった。
なのに、なぜか「自分が母親」だという事実を俯瞰した時に、不安がわいていました。
私自身は幸せな家庭に育ったという自覚があるので、なぜこんなことを思うのか自分でもすごく不思議でしたが、原因はきっとせっかちで短気でイライラしやすい私の性格にあるだろうと思い至りました。
あれこれサクサクとにかく思った時にやりたい、済ませたい。
何かにつけてイライラしてしまうし、完璧を目指してしまう。
とにかく「怒り」という感情のコントロールが下手で、コンプレックス。
それは何度失敗を繰り返しても乗り越えられない、変えられないことでした。
私は、誰から教えられたわけでもなく、子育ては「人間育て」というものすごい大きな仕事だとずっと思っていて、この「重大任務を請け負う人間としての自分」というものを考えてきました。
子どもの成長を見守り、支え、人生を形づくっていく土台を作るのにふさわしい人間ではないという気持ちが自分の中にあったのです。
結局その不安は解消する術もなく、胸の奥に抱えながら、むしろ打ち消しながら、息子の誕生とともに母親業は始まりました。
育児も家事も満足のいくようにできない自分に苛立ち、睡眠サイクルを考えれば寝るはずの時間にも関わらずなかなか寝ない息子をあやしては、ただただ過ぎゆく時間を恨めしく思いながら魔法のように寝てくれる方法がないものかと考えを巡らせたり、息子が泣く度に焦って原因を探し、現実から逃げたくなってとにかく一人で家を出たい衝動に駆られ、手に負えなくなったモヤモヤの塊のような感情は夫に向けられていました。
まだ0歳で話もできない赤子にすらこんな状態。
さらに成長が進むにつれて少しずつ落ち着きはあったものの、今度はできることが増えたり言葉が通じるようになったが故に、無意識に子どもをコントロールしたくなって言葉の暴力が飛び出してしまう始末。
だんだんと怒り方や話し方が私そっくりになってきた息子を見て、予想していた最悪の事態が起こりつつある、と感じて絶望的な気持ちになりました。
あー、やっぱり私は母親に向いていない。
ふさわしくない。
こんな私に育てられてしまったら、私のような人間ができてしまう。
怒らないようにしよう、と思っても気が緩めばすぐに感情的になり、いつまで経っても成長できない自分はなんてダメなんだろうと落ち込みながら日々過ごしていた時期も短くありません。
でも、
そんな後悔と反省を繰り返す毎日でも、
そんな成長できていない自分でも、
どんなに怒られて泣いても、
息子は私にいつでも笑顔を向けてくれて、「ママ〜」と抱きついてくれました。
悔しくて悲しくて息子の前で泣いてしまった時
「ママどうして泣いてるの?にっこりは?」と声をかけてくれた息子。
どんなに怒っても、ダメでも、受け入れてくれるこんなに尊くてありがたい存在はこの世にいない。この状況・状態を味わえたことが「母親になった」ということなんだと思いました。
同時に、私がどんなに自分の性格を悔いても、子どもにとっての母親は他の誰でもなく私しかいないのだ、という責任と使命のようなものを改めて感じました。
そして、子どもに「この母の元に生まれてきてよかった」と思ってもらえるようにしようと強い決意が生まれていました。
子どもの感情は子どもにしかわからないので、何をどうやったら本当にそう思ってもらえるのか、答えはもちろんわかりません。
今でも怒ってしまう時はあるし、いまだに反省もします。
でも今は私なりに、私が思う正解はこれ、という姿は見えています。
幸いにもその実現方法や解決策を見つけることができて、少しでも早く多くその手段を身につけようと目下対応中です。(そして少しずつ良い形でアウトプットできている自分が嬉しくもあります。)
母になる不安や自分2世を作ってしまうのではないかという恐怖があるからこそ、誰よりも真剣に「子育て」を考えている自分がいて、その結果「子育てを学ぶ」という行動に至ることができました。
そうして学びを得ることで、少しずつ変化している自分やその嬉しさに気づけました。そのおかげでこの記事を書こうと自然と思えた気もします。
今までの自分の欠点を通して子育てを見て不安になっていましたが、それはいつまでも変わらない自分でいる前提だからこその不安でした。
ありのままの自分を無条件に愛してくれる存在を私自身が裏切らないよう、今までの自分から少しずつ脱却していけばいい。
そして、そういう学びに加えて一番大事にしたいのはやっぱり「愛を伝える」こと。
どんな時でも私を受け入れ、寄り添ってくれる息子と同じように、
いついかなる時もどんな息子でも寄り添う存在が私であると思ってほしい。
もちろん今0歳の娘にも。
そのために(当たり前のことではありますが)私は私の持てる愛情の全てを注ぎ、伝えていこうと思っています。
ありがとう、私の可愛い子どもたち。
この母の元に生まれてよかったと思ってもらえるよう、今日も人間育て請負人として頑張ります。