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獄中記㉕ 山師と歯無し、ラグビー選手

楽しい部屋でいられたのもつかの間。ユン君が出ていき、新しく名無しオジさんが入ってきた。
彼は個人情報は一切話さなかったので名無し。
そんな中事件が起きた。

ヒッヒッヒ・・・オレが決めたんだ

私とリョウ君はドライアイに悩んでいた。
コンタクトレンズをしているのだが、施設内の空調のせいなのか、ショボショボして仕方ない。
診察でそれを告げると目薬をもらえた。
しかしどうもこの目薬、効かない。
それどころかピントが合わなくなって逆効果だ。
医療と無関係の担当さんから「目、何か病気?」と聞かれ、「いや、ドライアイです。」と答えると、「これ、ドライアイ用じゃないけど。俺、そういう仕事したことあるから分かるけどさ。」と言われた。
どうやらこの薬は消毒用で、コンタクトをしているドライアイの人は別のを使うらしい。
一番安いからこれを出されたのではないかとのこと。

次の診察日、リョウ君は地検に行っていて、前日に一応別の担当に「ちゃんとした目薬下さい。」と頼んでいたものの、「不安だからヨシからも医療の係長に言っておいて。」と言われた。
私が当日係長に伝えると、「知ってるよ。そんなの対応するわけねーじゃん。」「先生が出すって言っても、先生は俺が操ってるから止めるよ。」
とふざけているのか、本気なのか分からないトーンでうそぶいた。
「だったら初めから違う薬だすんじゃなくて、出せないって言ってくださいよ。関係ない薬使いたくないですから。」
そういったが首をかしげてどこかへ行った。
私はもらえないと分かって、診療でもらうのは諦めた。
リョウ君には夜、それを伝えると、ちょっと怒っていた。

次の日、風呂を出たタイミングで係長と会った。
リョウ君が「目薬・・・大丈夫ですよね?」と少し顔を怖くして聞くと、係長は一瞬驚いて、「う、うん。出るかは分からないけどな。先生が決めるから。」
(リョウ君)「でも昨日は係長が全て決めてるっって言ったらしいじゃないですか。大丈夫ですよね。待ってますから。」
係長は私の方を睨みつけ、無言で立ち去った。

その2時間後、突然私は荷物を持って部屋を出された。
担当さんには「部屋、移動らしい。」と言われた。
6号室の前に行くと係長が来て、「ヒッヒッヒ・・・。オレが決めたんだ。」とナスビみたいな顔に満面の笑みを浮かべておちょくられた。
こいつ・・・相当底意地が悪いな。
目薬は結局出なかった。

後日、弁護士に部屋移動の件をチクると言ったら、目薬は来た。

山師と歯無し

6号室には60代後半の人工透析をしているおじいちゃんと、50代の歯が1本もないオジさんがいた。
おじいちゃんの名は黒岩(仮名)、金商法と詐欺。
セミナーを開いて儲かりもしない事業に出資させたり、集めた金を自転車操業で配当したり。ある株のインサイダー取引をしたり、立件件数は1000万円だったが、求刑は7年という猛者だった。
この人かなり常習で今回3回目。
会話をしていても何がホントなのか分からない。
自分でも分かっていないのだろう。
自分すらだましている本物の詐欺師だった。
黒岩さんは透析をしている関係で、判決まで留置所にいた。
判決は実刑は5年。
出て来る時には70代・・・。大変だなあ。

黒岩さんのエピソードで面白いのは、改心したのか、反省してるのか、理由は定かではないが一日の半分は仏教のお経を読んでいる。あとの半分は新聞の株価欄をにらんでいた。

ある日突然私に向かって「あなたヘビがまとわりついてるよ。」といって立ち上がり、右手を刀にして中腰になり、左手を腰につけて、部屋の四ツ角に何やら呪文を唱えながら刀を切り始めた。
最後に私の前に立ち、私の頭の上で左右に刀を切って〆の呪文を唱え、
「もう大丈夫だから。スッキリするよ。」と言った。
本気なのかふざけているのかよく分からない・・・。
私は反応に困ったが、「ありがとうございます。」と明るく返した。

歯無しの名はヒガシ(仮名)、覚せい剤30キロの密輸。本人は受け取り運ぶ役だったらしい。
自分は知らなかったのだと主張していた。
ヒガシさんの話をきいていると、本当に知らなかったんじゃないか・・・と思うときもあった。
しかし、川崎のドヤ街で生活している日雇いの競馬狂にもかかわらず、かなり高額な請求をする弁護士を2人つけていたり、ちょっと不可解な点もあった。
競馬は本当に好きなようだった。
何しろ12月末の有馬記念を弁護士に買わせていたのだ。
結果はトントンだったらしいが、毎日スポーツ新聞を読んで予想していただけに、買えたこと自体を楽しんでいた。
山師はそれを見て「私もここから指示して株、買いますよ。」とまた怪しげなインサイダー情報の話をしていた。

え?ラグビー選手?!

山師が分類(刑務所決め)のため東京拘置所へ移ってしばらくすると、歯無しも公判前整理手続きのため拘置所へ行った。
覚せい剤密輸は裁判員裁判の対象なので、公判前整理手続きをやる。
これには被告人も出席できるが、留置所は代用監獄なので、ここから手続きに連れて行くというケースはない。

1人になったのもつかの間。190㎝を越えるラテン&アングロ系の大男が入ってきた。
彼は南太平洋のある国から来たラグビー選手でアンダーセン(仮名)と言った。
日本語は全くできない。
英語も私が今まで聞いた中でもかなりキツイなまりがあった。
スラングだらけなのとラテンなまり。
何より早口すぎて単語と単語が聞き分けられない。
日本人が一番苦手とするタイプの英語だ。
何とか会話をつないでいくと、どうやら結構有名らしい。
酔っぱらってパブで騒ぎを起こした。
駆け付けた警察にポケットを触られて、コカインが出てきた。
尿検査の結果、使用もしていた・・・ということらしい。
ナイジェリア人の売人がアンダーセンに暴力を振るわれたとも言っている。
本人は「BRACK(黒人)はカネが無いからオレにたかっているんだ!」と怒っていた。アンダーセンは豊かな生活をしてきているので、留置所の食事は「dog meal」(犬の餌)と言って投げつけたり、担当さんを召使い扱いしたり、少々難のある「arrogant」(横柄な)人物だった。
彼は大きな身体にもかかわらず小さな部屋の中で暴れるので、なだめるのが大変だった。
ひとたび壁を殴れば壊してしまうのではないか・・・と思う力の強さだ。
担当さんも言葉が通じないので注意しない。これが一番困った。

コテコテの関西人

年が明けてしばらくするとコテコテの関西人ゆうと君(仮名)が入ってきた。
歳が近く、おそらくは共通の知り合いもいるだろうという感じのタイプ。
最初はとにかく元気が良く、誰にでもコテコテの関西人がらみをするので、すごいな・・・と若干引いていた。
でもよくよくしゃべっていると、とにかく人の話をよく聞いている人なのだと分かった。
何も考えないで、とにかく何でもかんでも「ウケ」に変えようとしてる関西人と違って、ものすごく考えた上で話し、行動している。
人のことも否定しない。
アンダーセンがおかしなことを言っていても笑いに変えて、
「まあ、不安なんやろうな。」と言う。
なるほど、この思考でいられたら、人にイラっとすることも減るかもしれないと、心の狭い私は勉強になった。
そんな中・・・またしても事件が起こる・・・。

つづく




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