見出し画像

獄中記⑳ 兵庫からの旅立ちと勝負の始まり

9月に入りオリンピックが落ち着いたころ、私は兵庫から東京へ移送されることとなった。                           事件自体は私が起こしたものではないが、知らず知らずの内に関与してしまい、後から知って、警察に協力したはずの事件だった。         しかし警視庁の刑事は最初の「協力だけヨロシク」姿勢から、「起訴するからちゃんとしゃべれよ」にスタンスを変えてきた。           兵庫の件で共犯者の求刑が異常に高いという弁護士の話もあいまって、私は極度に緊張していた。                        慣れてしまっていた兵庫県警本部留置を離れる寂しさもあった。

別れ

移送の前日、昼頃に荷物をまとめた。                 私は80冊近い本を所有しており、作業は大変だったが、担当さんは淡々と片づけてくれた。                          その日の夜は大盛りのペペロンチーノ。                 同部屋にいた自衛官の男性とストーカーおやじと少ししんみりしながら食べた。

自衛官は完全な冤罪で捕まっており、民事で争っている相手が警察を利用した形だった。                            彼は相手方に200万円近くカネを貸しており、その返済をめぐって相手が意図的に失言を誘い出した録音テープなどを証拠に詐欺で捕まっていた。 私は長い留置所生活でウソつきは見分けがつくようになっていたので、彼の無罪はすぐに確信した。                       刑事からは「お前みたいなサギ師が何で自衛隊なんかやってんだ。」  「黙秘とは何事か?同じ公務員として恥ずかしい。」         「この国のことなんて考えてないだろ。」と罵声を浴びせられ、又彼自身、もしも起訴されたら職を失うという圧倒的弱い立場だった。       彼はひとり部屋の頃何度か涙を流しており、私は心配だった。     「とにかく仕事を守りましょう。200万は最悪あきらめてでも、犯罪者になんてならないでください。」                   「刑事は脅すのが仕事だと割り切って、真に受けないのが1番です。」などと色々アドバイスをした。

当日の朝は10時頃に迎えが来た。                  最もお世話になった担当さんは私の手を強く握り、「がんばれよ。身体にきをつけてな。」と言った。                      私は涙を流さないようにこらえるのに必死で、上手く返事できなかった。 この係長は私が勉強を最大限にやれるように色々と配慮してくれた。   中学生の息子が医師を目指しているという。              私が最もお世話になった人だった。                  いつかお礼が言えたらいい。ただもう会うことはないだろう。      この人のおかげで勉強を続けられた。

気まずい新幹線での移動

「出入口開錠準備、よーし!開錠!」出入口が開き、私は警視庁の大山刑事と4人の取り巻きに引き渡された。                  私の瞼からは少し油断すると涙が出て来る状態だったので、顔はおそらく引きつっていた。                           レンタカーに乗り新神戸駅へ向かう。


大山刑事とはこれまで良好な関係だったが、今日からは敵対しなくてはならない。                               小寺先生と黙秘を約束したのだから。                 いつ私が考えを変えたことを切り出すか迷ったのだが、菅政権の話などたわいもない世間話が中心だったが、常に話の方向が事件の方に行かないようにコントロールした。
一度だけ大山刑事から「どう?今回のこと、20日後どうなるかちゃんと見えてる?」と聞かれたが、「今は考えないようにしている」とかわした。
昼食におにぎりを3つ食べた。                    一緒に来ている4人は1人が留置係、1人は麻布署刑事課員、他の2人は本部の捜査3課の課員だった。

新幹線の座席ははじっこではあったものの、サラリーマンの利用者が数名おり、私の境遇はモロにバレていた。                  江戸時代の市中引き回しの刑に等しい。                東京駅に着いてからは人通りの多い駅の中を堂々と歩いて、多くの人にジロジロ見られながら車へ乗った。                    新橋・銀座辺りを通って、麻布署のある六本木へ向かう。        久々の東京はまた大きくなったように感じた。

チェックイン

2時くらいに私は麻布署の留置所に入場した。             ここは3年前くらいに建っていてとても新しい。            山梨にいた頃、1度だけ昼食を頂きに入っていたので、特別感動はないが、前に会ったことのある担当さんが荷物の検査をしてくれて少し気が楽になった。

その後、本の検査が終わるまで借り物を読んでいてくれということになり、本棚を見た。                            なんと半分が英語の本である。                    さすがに驚いたが、場所柄ありえなくもない。             私は「ハリーポッターと炎のゴブレット」の英字版を借りた。
相変わらず中はうるさい。                      ルールが存在していないようだ。                   私はとりあえず個室に入れられた。

攻防の開始

部屋に入って30分後に取り調べに呼ばれた。              留置所は3階、刑事課は2階なので階段を降りた。            もうここまで来たら緊張しても仕方がない。              取調室は6畳はないまでも広い方だ。                 なぜか水道がついている。                      椅子に座って手錠を外す。                         大山と取り巻きの強面4人に囲まれ逮捕状を読まれる。


被疑者は令和2年〇月〇日ごろ、「T」および「Y」および氏名不詳らと共謀し株式会社△△代表〇〇の監守する、港区○○に不正に入手したカードキーを使用して侵入し、金庫(時価××円)及び現金×××万円などを窃取したものである。
大山は「これが今回の事実な。いいか?」と言った。          彼の方は緊張もない。今まで通りだ。                 私は「黙秘します。」と答えた。                   大山は一瞬状況を理解していないようだった。             しかし取り巻きの顔が明らかに変わった。              「どういうこと?急にどうした?」大山は冷静を装っているが取り巻きは「いいんだな?」とあからさまに威嚇してくる。            「はい。弁護士と約束しましたから。」「理由はそれだけか?」「今話せるのはそれだけです。」
ここから20日の攻防が始まった。
つづく、

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?