人間、思った通りになってるもの

5月30日


今これを、福岡市南区のミスタードーナツで書いている。

昨日は午前、自分のユーチューブチャンネルに、海外のドキュメンタリー「Inside Straight Edge」の翻訳と字幕作成を終え、アップロードした。 初めて50分の動画を翻訳したので、達成感がある。

だが、それが終わって飯を食った後から、強烈な自己嫌悪感と不安感が襲ってきて、嫌な気分がしばらく続いた。 


今仕事している会社の仕事が極端に減らされ、またそれが暫く続くことが確実で、家賃くらいしか払えない収入しか得られないことの不安感が原因なのはわかっている。 新型コロナで仕方がないとはいえ、言い知れぬ闇が襲ってきて、こういう時は少々辛い。

ただ、このようになってしまったのも、もしかしたら「思考が現実化」したからではないのかと思っているのだ。

というのも、昨日夜、寝ながら4月から書いていた日記を読み返していていると、そこには、気まぐれで方針を変えたり、客のことを考えない上司に振り回され嫌気がさしていることが書き連ねてあったからだ。 


仕事を与えてくれているのは有難いに違いないし、嫌気がさしていたにしても感謝しようとは努力していたし、また仕事だけは誠実にこなしていた(つもりだ)。 それでも、不満はどうしても日記に現れるもので、自分が何を考えていたのかがよくわかる。そして、それが現実となったのかもしれない。

まあ、それは良い

そういえば、一昨日、給付金申請の為に今年に入ってからの自分の収入を計算していた。 金額はさらすつもりはないが、だいたいサラリーマンの初任給手取りかそれのちょっと上くらいだろう。 去年の一時期はかなり困窮していたので、「せめてサラリーマンくらいはもらいたい」という「思考が現実」となったのだと気が付いた。


私は一時期、ナポレオン・ヒルの「思考が現実化する」や引き寄せの法則の「the Secret」に感銘を受けたことがあるし、また近年の量子力学が明らかにしつつあるように「意識の力」を基本的には信じている。

だがいわゆる「引き寄せの法則」などを売り物にしているスピリチュアル系は嫌いだし、彼ら彼女らのことを基本的に信じていない。たくさんそういうのにはまっている人にあったが幸せそうな人をあまり見たことがないからだ。

しかし、こうやって自分に実際に起こっていることを振り返ってみると、やはり「思考」の現実化というものは起こっているんじゃないかと改めて思うのだ。

昔、オーストラリアでワーキングホリデーをしているとき、帰国まで残り4か月くらいのとき10万(1000オーストラリアドル)くらいしか貯金がなく、「俺は帰るまでに150万は貯めて帰るのだ!」と自分に言い聞かせて、いわゆる「引き寄せの法則」なるものを実験したことがある。

私は残り3ヶ月で、カカドゥ国立公園に唯一ある村のパン屋で自給23ドルの仕事を運よくゲットし、3ヶ月で110万貯めたことがある。そして、確定申告で数か月後45万くらい返ってきたので、俺は実際に計150万くらいは貯めたことになるのだ。

これも、思考の現実化であったのは間違いない。

やはり、思考に気を付けなければならないのだ。 ツイッターなどのネガティブな発言を見ていると、自分の精神が汚されてくるのがわかる。

自分の思考を常にポジティブに保つためにも、自分の発する言葉に気を付けること。 尊い言葉を常に自分にも他人にも語りかけること。  思考はきっと現実化するのだから。















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