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「熊野詣日記⑤」 ~中辺路を往く 紀伊田辺~滝尻王子~高原 篇~

3月22日

今日からいよいよ、熊野に向けた本格的な旅になる。

朝8時くらいに起きたが、オリバーがまだ寝ていたので私は一人で近くの闘鶏神社に行った。若干曇ってはいたが静かで穏やかな天気の朝だった。

闘鶏神社は、武蔵坊弁慶の出身地だと言われている。

「平家物語」によると、熊野別当(注1)・湛増(たんぞう)は源平合戦のとき、この社地の鶏を紅白に分けて戦わせ神意を問い、白の鶏が勝ったことから源氏に味方することを決め、熊野水軍を率いて壇ノ浦へ出陣したという。

この神社は熊野三山全ての神々を祀り、かつここ紀伊田辺が、熊野古道の中辺路、大辺路の分岐点であることから、熊野の別宮的な存在でもあるらしい。

私は一人、誰もいない静寂な神社の中で、今回の旅の無事を祈った。

※注1 熊野別当(くまのべっとう)とは、熊野三山(熊野本宮大社、那智大社、速玉大社)の統括者。代々世襲で、宗教的権力者というだけでなく、熊野水軍の長でもあった。

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帰ってきてから、オリバーが瞑想すると言っていたが、私はする気になれなかったので断った。コーヒーを淹れて飲み、10時にはゲストハウスを出た。

私たちはまず7キロ先の稲葉根王子(いなばねおうじ)へ向けて歩き出した。

のどかな田舎の住宅街や田圃が広がる地帯の風景は都会にはない穏やかさで気持ち良い。

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途中、スーパーでおにぎりを買って、昨日買っていた納豆とインスタント味噌汁で昼飯。

稲葉根王子前の富田川(とんだがわ)は熊野の霊域に入る前の重要な水垢離場として知られていたところでもある。もちろん私たちがまずここを目指したのは、古来の作法に倣い、穢れ多き私たちの身体を清めるためである。



富田川がかつての有名な禊場だったからといって、今のご時世それを実行する人などはほとんどいはしないだろう。

人が通れば丸見えのところで私たちは全裸になり、酒と性欲と肉食で穢れた不浄な我が身を浸し清めた。

春先の川の水温はまだまだ冷い。 遠くから老人が不思議そうにこちらをみていた。


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国道311号線沿いをひたすら歩いて滝尻王子まで向かって行ったわけだが、山間の谷間を流れる富田川上流が澄んでいて美しい。

バスを使わずに正解だった。桜も綺麗だ。もう完全な春だった。


熊野の霊域の入り口に当たる滝尻王子(たきじりおうじ)に着いたのは5時になっていた。


この辺りで寝ようかと思ったが、適当にテント張れそうなところもなく、あてにしていたカフェも開いていない。

熊野古道博物館があるがもう閉館時間だった。この辺りはどこかうら寂しいところで、ここで寝る気にはならない。

もう数キロ先の高原王子は日の出が綺麗なところなのだそうだ。

テントが晴れそうなところがあるかどうかはわからないが、暗くなればどこででもテントは張れる。

私たちはそこまで行こうと決め、少し休んでから最後のスパートをかけることにした。

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滝尻王子(たきじりおうじ)からは、いよいよ熊野の霊域だ。


ここからはアスファルトの道は殆どなく、舗装されていない山道になる。私たちは滝尻王子の神にお祈りをしてから、急な坂道を駆け上った。

山道を歩くのは悪くない。 この旅のために買ったVibram社のFive Fingersという5本指の靴から山道の刺激がつたわってきて気持ちが良い。


高原に着いたのは19時くらいだったが、辺りはほとんど真っ暗で周りには多少民家があるが、どこか秘境という趣がある。

高原には、駐車場も休憩所もトイレもある。 キャンプ禁止と書いてあるが、誰も来る様子もないので、トイレ裏の狭いスペースにテントを張った。

近所には湧水が溢れ出している民家があって、そこの水をそっといただき炊飯の用とした。

夕食の用意をしていると急に身体が冷えてくる。

高原の夜は、私が予想していたよりもはるかに気温が低く底冷えがする。

夜飯はガスで玄米を炊き、そば2玉の乾麺をゆがき、生味噌をといて食ったが、非常に貧乏くさい食事となった。

生みその陽性のエネルギーが身体を巡り非常に温まる。だが都会の便利さに甘えている私たちにとってはこの食事だとちょっと辛い。

だが不便さを経験することに旅の醍醐味があるのだと自分を慰める他はなかった。

天気予報を見ると、夜中は−1度にまでなるらしい。完全に読みが外れたというべきだろう。

私は安物のアルミのシートをマットがわりにしようと思って持ってきていたのだが、地面のコンクリートの冷えをちゃんと防いでくれなかった。

寒すぎて着れるもの全て着込んで寝た。

オリバーの装備はさすがにフィンランド人というだけあって、マイナス数十度まで耐えられる寝袋を用意してあった。

オリバーは快適そうに寝ていたが、私は凍えながら丸まって寝袋にくるまった。

寒さにてんで弱い私は、今後山の装備だけは変にケチることはすまいと誓ったのだった。


夜は22時くらいには就寝に入っただろうか。私は今日の出来事をiPadで日記をつけていたが、オリバーは3分もたたず寝てしまっていた。

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