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【ショートショート】ハイ皿のイイエ

「もう今となっては席で吸える方が珍しくなってきたからな」
男は煙たいため息を吐き出すと、白髪の混じった髪を撫でつけた。
そしてネクタイを少し緩めると灰皿にタバコをねじ込んだ。
「本当ですよね。全席禁煙の店のほうがもはや普通です。あ、すみませーん」相づちを打ちつつ、対面する部下は店員を呼び止めた。
入社三年目で仕事は一通りそつなくこなせるようになったが、合わせて悩みも折重なってくる頃だ。悩みなど無さそうにひょうひょうとした顔をしている者こそ、人知れず隠し持っているものなのだ。
頼れる上司として常日頃からきめ細かいケアしなければと、こうして行きつけの居酒屋に誘ったのだ。
男はそうやってこれまで何人もの部下を労い救ってきた自負がある。
「だし巻き卵と唐揚げにシークヮーサーサワーと、あとハイ皿をください」
「お、なんだ会社じゃ見かけないがタバコ吸うのか。灰皿ならこれ使えよ」目の前にあった灰皿を部下の元に押し出した。
「いえ、灰皿じゃなくてハイ皿です。YESの皿です」
だいじょうぶですと灰皿が押し戻されてくる。
「は?い、いえす…のなんだって?今灰皿の話をしてたんだよな」
「もちろんです。タバコを吸えば灰が出ますよね。同じように発した言葉に裏腹な感情がある場合、精神的ストレスになるのでソレを吐き出す為の皿は今はどの店でも置いてるんですよ」
おまたせしましたーと店員がシークヮーサーサワーと灰皿の横にハイ皿を置いていった。
「う…裏腹な感情ってなんなんだ」「要は、返事や相槌に相反する気持ちのことです。部長もあれば皿に出した方が良いですよ。ぜひ使ってみてください」
「それって…いや俺はいい。いいか、そもそも会社においての人間関係ってのはだな…」

「新しいのと交換しますねー」
店員がもうハイ皿を交換していった。

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