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「目の前の不便を解消することが先です!」と言った言語聴覚士さん

 コミュニケーションのことをいろいろと考えるきっかけをくださった言語聴覚士(ST)さんと、ST x ICT というコンビでいろんな方に出会ってきた中の1つは、緘黙の中学生でした。いつも「ICTは機械ではなく機会だ」と考える力を与えてくださるSTさんです。

緘黙のお子さんの相談

 もう5年ほど前ですが、言語聴覚士さんに「緘黙の中学生に指伝話を紹介するので、学校に一緒にいきませんか?」と誘っていただいたことがありました。私はその時、初めて緘黙ということばを知りました。

 小学生の時に場面緘黙になり1年、その後家族とも誰とも話ができない完全緘黙の状態になって4年。中学の特別支援級に通う方でした。

 指伝話 (https://www.yubidenwa.jp/)は、あらかじめ文章を入力しておくと、画面をタップして流暢な合成音声で話をするアプリです。いまはカードタイプや五十音の文字盤タイプもありますが、当時はまだことばタイプ(文章だけのもの)しかなかった頃です。STさんは「きっと興味を持ってくれると思います」と話していました。

校長先生の反応とSTの返答

 STさんが事前に、指伝話を紹介することを校長先生に話したところ

「あなたがたは、この子が話すのを諦めさせるのですか?こんなものを使うからますます話さなくなるんです。」

と言ったそうです。それに対してそのSTさんは、

「校長先生、そうではありません。私たちが目が悪ければメガネをかけるように、足の骨を折ったら松葉杖をついたり車椅子を使います。お話しがしづらい時にこういうアプリを使うことは、それと同じです。」
「彼女はいま自分の思いを自分の声で伝えることができなくて困っています。日々の生活の中で不便を感じています。まずはその不便を解消しましょう。緘黙の話はその後です。」

と穏やかに話したそうです(後で聞いたところによると、机をひっくり返しそうなくらいカチンときていたそうですが)。

 幸い、担任の先生はとても理解があり、ST x 教員 x ICT というチームで進めることになりました。

興味のきっかけ

 STさんと一緒に学校に行き、その中学生に出会いました。少しはにかみながら、ハンカチを口にあて、お話しは筆談ボードで。

 「先生ね、いいもの持ってるんだ」と優しく声をかけて、STさんがiPod touchを見せたら、少し身を乗り出しました。少ししたら、手がすーっとiPod touchへ。

 実はそこには仕掛けがありました。

指伝話りらっくま

 事前にその子に関する情報が担任の先生からSTさんに伝えられていました。家族構成や学校での様子、生活習慣など。その中に偏食の情報として
 「お茶は、『おーいお茶』しか飲まない
というのがありました。これについてはずっと謎で、当日の朝の移動中の車でもSTさんと議論をしていました。

 ふとネットで おーいお茶 を調べたら、キャンペーンでリラックマのおまけが付いていることが判明。

おーいお茶

 これだ! すぐにリラックマのアプリを探して移動中にインストールしました。

 教室でiPod touchを見せた時には、このアプリは起動しませんでしたが、彼女はきっと「大好きなリラックマもいる機械だから、悪いものではないかも」と思ったかもしれません。本当のところはわかりませんが、安心材料の一つだったと思います。きっかけはほんのちょっとしたことですが、彼女のために何かできることはないかと工夫する人たちの思いが通じたのだと思います。STさんはそういうところを見逃しません。

どのように使ったか

 STさんが所属する組織から提供されたiPod touch+指伝話を使ってみることになった彼女に対して、担任の先生は「これで話せばいい」とは言いませんでした。そういう方法もある、無理に使わなくてもいい、いろいろやってみようという感じで話していました。

 彼女は、指伝話の画面に文章を打って画面を見せるという、筆談ボード代わりに使っていたようですが、時々は友達と指伝話を使っていたそうです。

 担任の先生は、朝礼での発表、移動教室の時の挨拶など、ことあるごとに指伝話を使う機会を用意し続けました。前の年の演劇大会ではセリフのない役だったけど、その年は3つセリフがあり、指伝話で話しました。

ある日突然

 指伝話を手にしてちょうど1年後のある日、その子は友だちと、指伝話でなく自分の声で話をしていたそうです。突然前触れもなく、それまで緘黙だったということがわからないくらい、友達と自然に話していたそうです。そして指伝話を卒業しました。

関係者との考察

 これについて後日、関係者らと議論しました。

 その子が普段から自分の考えや思いを持っていることを、筆談や指伝話で周りの子に伝えるチャンスがあったことがよかったのでしょう。「話さない子」という理解ではなく「話したいけどいまは話せない」というように周りが理解できたことで、本人の安心もあったのだろうと思います。

 本人は、話したいけど「声を出す」という体のスイッチがずっと押せなかっただけだったのでしょう。それは指伝話でも同じことで、画面をタップしないと音声はでません。体の中の声を出すスイッチが可視化されたことで、「これだったら自分で話した方が簡単かな?」と思ったのではないかという想像をしています。

 指伝話ならちょっと試してみることもできましたし、周りは新しいものに興味を示してくれたのでしょう。できないから使う代替手段というものではなく格好いいものです。彼女は話題の提供者になったと思います。また、その時に音声が流暢であったことは大きなポイントだったと思います。そしておそらくリラックマのアプリの力添えもあったと思います。

ご両親からの手紙

 後日、もう使わなくなったiPod touchが返却されてきました。ご両親からのお手紙が添えられていました。

 この春、5年ぶりに言葉を取り戻し、以前と同じように会話をする事ができるようになりました。

 「指伝話」をお借りした時は、益々話さなくなるのではという不安もありましたが、音声が出る事によってそれまでの筆談よりも具体的に自分が話しているイメージを持てたように思います。

 また、普段接している私達も、それまでは無理だった運転中の会話などが可能になり、最低限の用件以外のコミュニケーションも出来るようになりました。同じ学級の生徒さん達も指伝話に興味を持って接してくれましたし、自分の声で話しはじめた時、より受け入れやすかったと思います。

機械ではなく機会

 私は最初、緘黙の方は「話したくない」と思っていると思い込んでいました。実際はそうではありません。話したいけど話せないのでした。

 指伝話があれば代わりに話せるからいいでしょ?ということではなく、自分で話したいという気持ちがあり、それを周りが理解することで、安心して話せる環境が作られることが必要です。そこに気づくきっかけが指伝話でした。

 そして、もし指伝話の音声が機械的な変な音声だったらだめだった、「格好いい」は大事だよとSTさんに言われました。

 支援機器という側面では、周りの人が理解するために必要なものでした。本人にとっては支援機器ではなく、格好よくて興味を持てるものでした。どちらも大事なのは 機械ではなく機会 だと思います。

 でも本当は、おーいお茶の謎を見逃さなかったSTさんや、担任の先生の、彼女に寄り添う気持ちが一番の肝だったと思いますし、そこにICTが役にたてたことは嬉しい限りでした。

いただいたサポートは、結ライフコミュニケーション研究所のFellowshipプログラムに寄付し、子どもたちのコミュニケーションサポートに使わせていただきます。