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マインクラフトで学んだ共感脳

 ある日、友人とマインクラフトをしていた時のことである。生成されて2時間ほどのワールドにて、僕は海の上での家の建築を手伝っていた。(なんでそんなところに家を建てていたのかはわからない。)海の上での家の建築は当然面倒くさいドラウンドに襲われる上に、もし死ぬとアイテムをばらまいて回収するのが非常に面倒になってしまう。
 足元の悪い海上で、僕は落としたアイテムを拾ってはドラウンドに殺されるというゾンビアタックまがいのことをしていた。もちろんそんなことに耐えられるはずもなく、「アイテムばらまくのマジでダルいよな」と、いつものノリで僕はつぶやいた。するとそれを聞いたサーバー主が「それ設定で消せるよ」と言ってきた。そういうことじゃないんだよな。僕は共感もしくは強度の低い手軽な解決策を求めたのであって、強力な解決策を求めていたのではなかった。
 ふと、これが共感脳と解決脳のギャップか~と感じた。今まで僕はその二項対立の中では解決脳の方に与することが多く、共感脳の気持ちは正直理解してこなかった。そして今までの自分の行動を振り返ってみれば、他愛のない会話に対してそのような返しをしたことがあったかもしれない。
 最近、口内炎が辛くて朝ごはんがパンしか食べれなかったと言った人に対して、僕は「いや、朝ごはん食べてビタミンとかちゃんととらないとダメじゃない?」と返した。多分僕の言ったことは正しいのだろうけど、正直そんなことは本人だって重々承知のことで、本当は「口内炎辛いよね」とか「お腹すいて大変だよね」といった返答を求めていたのだろう。あるいは、口内炎を朝ごはんをしっかり食べずとも治せるようなおすすめの薬でも話していれば100点の回答だったかもしれない。朝ごはんを食べるのが大変だという人に対して、それを否定して朝ごはんを食べなさいと言うのはあまりにも酷すぎる。そもそも、朝ごはんはもう食べたあとなのだから、今からそのことを指摘するのは意味のない正論であって自己満足にすぎない。そう考えると、急激に自分の発言を恥ずかしく思った。
 僕たちは普段的外れで意味のない、相手の意見を否定するような安易な正論を言ってはいないだろうか。会話においてそれらは0点である。一見賢そうに見えるが、いい印象を与えることはないだろう。100点を取るためには相手の意見や要望を否定しない形で解決策を出すのが重要だが、それは非常に難しいこと。しかし、80点を取るのは簡単なことで、とりあえず相手を否定せず、共感すればいい。少なくとも悪い気はしないだろうから。

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