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慎みの国

この原稿はLAで書いている。こんな書き出しに憧れて意味もなく書いてみた。笑

ロスで知人と話したこと。
1つは、アメリカ人は主張することが多いし、意見を述べると聞いてくれることが度々起きる。言ったもん勝ちの文化があるということ。
別の見方をすれば日本人は大人しく同質であることだ。

このよい事例として、ちょうど日本を立つ前日に目にしたニュースがある。

現在開催中のWBCで流行ったペッパーミルパフォーマンス。
高校生球児がやろうとしたら、なんと審判に止められたという。
理由は、パフォーマンスよりプレイを楽しんでほしいからだという。

なんてことでしょう。
楽しみ方まで、型にはめようとする大人たち。余計なお世話というものだ。

球場では、その大人が実物のミルまで持ち込んで応援を楽しんでいるというのに。野球観戦を楽しむなら、それに没頭するために、声援をあげたり、歌ったり、ドラを鳴らすこともやめて、プレイを観ることに集中させたらいい。

それとも、未成年は、黙って大人の言うことを聞いておけということなのだろうか。

「男は黙って○ ○」というフレーズは、おじさんが好んで使うフレーズ。
ぼくも嫌いじゃないけど、それで全て押さえつけようというなら話は別。

そもそも、こんなのは思考停止を奨励しているものじゃないだろうか。
何も考えるな、受け入れろ。

美徳でもあるけど、たまには「従うな」と本気で言わないとダメだ。

竹原ピストルも言ってるよ。
「よう、そこのわけぇの俺の話を聞いてくれ。俺を含め誰のいうことも聞くなよ」

イノベーションが起きない国と嘆く大人がいる。
そりゃそうだよね、目立つことを良しとせず、大人しく大人のいうこと聞けと言ってるのだから。遊び方、楽しみ方まで規制して、どうやって自由で枠にはまらない、過去の延長線上にないアイデアを生み出せというのか。

生み出せたとしても、叩かれるのをわかってて話す若者はもはやレッドリストの絶滅危惧種。のみならず、ブラックリストにも載せられ面倒なやつと疎まれてしまう。

異なる態度や意見を述べることはリスクとなってる。つまりそれは失敗。
失敗を恐れる若者が多いのは当然だ。結果にものいうならまだしも、挑戦すらさせてくれないのだから。

高校生の祭典なんだから、高校生に運営も任せたら良いと思う。

仕上げはアトランタになった。
ここで機材トラブルで足止めを喰らってしまったから。
まぁせっかくなので、この後アメリカで学んだクレーム力で、条件の良い代替対応を勝ち取りたいと思う。

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