教会としての浴室

今から10年ほど前、東京の北側にあるワンルームのマンションに一人暮らしをしていた。
当然ながら自分は今より若く、ずっと無力であり、世間は今より猥雑で活気があった。
その賃貸物件はトイレと洗面台、浴槽が一緒になっており僕は毎日そこで湯につかっていた。
湯をはったその場所だけが外の世界と隔絶された空間だった。
自分の力ではどうしようもないことが起こると、ことさら長い時間をそこで過ごした。
音楽を聴き、炊いたお香につつまれながら僕は自分のことを省みたり、自分の中身を空にしていた。
その浴室は自分にとって教会のようなものだった。
今もこれからも僕が使うであろう、あらゆるユニットバスはあの教会へとつながっている。
僕と同じように空になったシャンプーやコンディショナーのボトルが洗面台の中に散乱しているあの浴室へと。
そしてこの音楽はその教会で最もよく流れていた曲だ。
L'altra / Unperfect Storm

購入、サポートへのメッセージに掌編を5つに分けて載せています。 ランダムに表示されるはずなので気が向いたら集めてみてください。