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「共感できなくても、理解はできる」

「インタビュー」という行為を始めてから16年くらいが経った。これまでに何名の方に取材したのか数えていないのだけど、思えば子供の頃から「人の話を聞く」のが好きだった。欠けているところがないように見える人でも、必ず何か穴を持っている。そこを補おうとする行為、そこを活かそうとする行為が、私にはその人の哲学や美学に見えた。私にとってインタビューは、その部分に光を当てる行為だった。そうすることで、子供の頃の私は「人間」を好きになっていたのだと思うし、自分として生きる術を、他者と生きる術を学んでいたように思う。

自分と他者は違う。
同じものを見ていても同じように見えているとは限らないし、何を考え何を感じているのか100%共有することはできない。でも、言葉によってそれを伝え合うことはできる。言葉を重ねることで、よりその密度を上げることも。

「共感できなくても、理解はできる」
自分がインタビューをするのは、言葉でのコミュニケーションにずっとこだわっているのは、そう信じているからだ。感覚的にわからなくても、論理的にわかることはできる。言葉を重ねることで、埋められなかった溝に橋を架けることができる。そう信じているから、ずっと続けられている。


先日、慶應義塾大学SFCの清水唯一朗先生のオーラルヒストリーゼミに、ゲスト講師として招待された。2年ぶりの登壇で、また呼んでいただけてとても嬉しい。
テーマは「問いの立て方」と「語り手との向き合い方」。要約すれば、「自分の心に耳を傾け、それを他者に差し出そう」、そして他者に対しては「共感できなくても、理解はできると信じよう」みたいなことを言い続けていたように思う。今回の講義だけではなく、他の場でインタビューについて語るときにも同じことを言い続けている。「この場所に、『私とあなた』がいる意味を作り出す」。大事なのは自分と他者に対する敬意と信頼で、他のことは全てそれを土台にしたテクニックなような気がする。

講義ののちのディスカッションでは、学生の皆さんから印象的な言葉をいくつもいただいた。それぞれに想いがあり、考えがあり、話したいことがある。そんな表情を見られるのはすごく嬉しかった。一人一人にインタビューしてみたい、と思った。人は皆、それぞれの魅力的な物語を持っている。それが皆さんの表情に出ているような時間だった。

ある学生さんが、こんなことを言った。
「『共感できなくても、理解はできる』とおっしゃっていましたが、私は心と頭が乖離しているように感じることがあります。心が頭についていかないというか……そういうことはないですか?」

そんな質問をいただいたのは初めてだったのでとても面白いなと思った。そしてちょっと考えた後「あります」と答えた。心と頭が乖離している状態が、私の場合は25年ほど続いている。具体的に言えば、心は死にたいと思っているのに、頭は生きたいと思っている状態。多分私は、それを自覚した10歳の時から人に話を聞いたり文章を書き続けているのだ。きっと、自分の心と頭の間に架け橋を作りたかったのだと思う。そのためにずっと言葉を集めてきたのだと思う。他者の言葉を集め、自分の言葉を集め、コツコツと編みながら橋にする。いつかそれがつながるのだと信じて。おそらくそれが私の哲学なのだろう。そのことに、彼女から質問されて気がついた。


最近、私はインタビューがとても下手になってきている。カッコつけて言えばあえてそうしている部分もあるのだが、あまりにもうまくいかないのでひやひやしてしまうくらいだ。でも、今はそれでいいと思っている。

綺麗にまとまったインタビューをすることも、可能と言えば可能だ。でも、それがいいことのように最近思えなくなってきた。だからあえてまとめないで、冒険しているつもりなのだが、そうすると相手の方のおっしゃっていることも、私が言っていることもよくわからない、ということが増えてきた。

ただ、割り切れない言葉の応酬の中で、お互いにわかろうとしてもがいているのはわかる。それだけが希望というような、道になっていない道を行くインタビュー。だから終わったあとはお互いに物凄くぐったりしている。同席した編集者の方も「すごくお腹が減った」と言うくらい。「とっ散らかってしまいましたね」とか「よくわからなくなっちゃいましたね」とか言って笑いあうのだけど、「でも何だかすごくおもしろかった」と話す。記事にしにくいのは確かなのだが、私にはそれが良いことのように思う。わからないところに一緒に行けたように感じるから。新しく書くべきものはきっとそこにあるし、架け橋はもっともっと強くしなやかになるだろう。このやり方がいつまで続くかわからないが、今しばらくやってみたい。


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