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棚|よるの木木

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レビュー
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#映画

映画評|ほんとうと演技『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介

演技という言葉はときにわるく響く。うそやふりなど、本心とはちがう言葉を操る演技は、相手だけでなく自分自身をもごまかすものだと。一方で演技は、普段は言えないほんとうのことを表すきっかけにもなってくれる。喪失によって言葉が失われてしまったと感じる時、あたりまえだった世界から置き去りにされたように感じた時、人と言葉をふたたびつなぎなおしてくれる力。喪失により言葉からはぐれた者がそれを回復していく道程をおさめたこの映画には、自分にとっての「ほんとう」に、向き合う力をくれるものとしての

映画評|きみはぼくの希望「牯嶺街少年殺人事件」エドワード・ヤン

  少年は少女にであえるか 「きみはぼくの希望だ」と訴える少年の前に数秒後、刺されてうずくまる少女がいる。自分がやったことに動転し、「立て、立つんだ、きみにはできる」とよぶ少年の声はふるえている。少女は14歳で命を終え、少年は刑務所におくられる。 台湾の夏は暑い。色をとばす夏の日差しと、夜の海のようにゆらめく藍色の闇が、まばたきのように連なっていくひと夏の期間には、つねにじっとりとした湿気がつきまとう。60年代の台湾は、反政府の疑惑がかかれば徹底して弾圧される、国民同士

映画評|飛び石と星座「東北記録映画三部作」酒井耕・濱口竜介

流れる河の真ん中に置かれた小さな飛び石の上に立って、自分の歩幅分離れた水面に飛び石を置く。流れる水面に留まらず流されてしまう石もあれば、自分の重心を支え次に渡る飛び石になるものもある。水の流れにまぎれる微かな声に耳をすまし、水の流れに抗って留まる石の上を踏み水しぶきを感じ、次に渡る飛び石が置ける時を待つ。 そんな飛び石のような言葉がある。ふと見上げれば、頭上に仮設の橋が架けられようとしている。河の流れが奔流であればあるほど、水面よりも随分高く、頑丈で大きな橋が求められる。そこ