藍より深く(『愛の巣』こばなし)
※本編読了後推奨
夜明け前、仕事を終えてベッドに潜り込む時、ほんの一瞬目を覚ます幸の無防備な顔が好きだ。
開花のタイミングを間違えて戸惑う花弁のような瞼を何度か瞬かせて、ふらふらと蛇行した視線がふとこちらを捉える。
その無添加の眼差しを、青灰色の闇の中で息を詰めて受け止める数秒が好きだ。
焦点が定まりきらないうちに安心したように再び閉じていく瞼の速度や、穏やかなままの呼吸や、抱き寄せると必ずシャツを掴む指の頼りなさも。
同時に取り返しのつかない気持ちになる。
この世にたったひとりしかいない幸を、もう自分は失えないのだと静かに思い知るから。
ただひとりがここにいて、自分の腕の中で眠っている。その幸福にはいつも仄暗いすこしの恐怖が寄り添う。
「その日」がいつか来るくらいなら、いっそこのまま、朝が来る前に世界が滅んでしまえばいいと。
朝には消えてなくなる、愚にもつかない空想だ。
暁光がカーテンを縁取り、すこしずつ部屋に染み込んでくる。
腕の中の寝息に呼吸を合わせて、眠りに落ちていく。
もしも、自分と幸が生きているうちに世界の終わりが来るのなら、最後の瞬間はこんな風に、青に沈んだ明け方がいい。
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