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告知と解説:Shuta Hiraki『Circadian Rhythms Vol.1』

2020年12月4日に、Richard Chartierが運営するサウンドアートや実験音楽などを主に扱うレーベルLINEより新作『Circadian Rhythms Vol.1』をリリースいたしました。

本作は非24時間睡眠覚醒障害から着想を得た作曲作品集となっています。

作品の大まかな説明として作成したBandcampに掲載されている作品概要の文章はこんな感じです(英語のため、日本語に訳したものを以下に掲載)。

このアルバムは私の慢性的な非24時間睡眠覚醒障害に触発された一連の作曲の最初のコンパイルです。非24時間睡眠覚醒障害は、25時間周期の概日リズムを特徴とし、通常の24時間周期からの逸脱を引き起こす概日リズム障害の一種です。これにより、患者は24時間周期での生活に支障をきたし、時差ぼけに似た症状を慢性的に経験します。この障害は、完全に盲目の人によく見られますが、そうでない人にも発生する可能性があります。この作曲シリーズでは、このサイクル偏差に注目し、その値をチューニング、周波数、倍音、および時間変換などに適用しています。このアルバムには、実際の時間を1秒に変換することで偏差の推移を反映した作品が多数含まれています。op.5のみ24時間を1秒に変換しています。すべての作品で、左チャンネルに25に基づくサイクル、右チャンネルに24に基づくサイクルを適用しています。


《解説》

 以下ではこのアルバムにおける “サイクル偏差に注目し、その値をチューニング、周波数、倍音、および時間変換などに適用” の内実やそこで用いたツールなどについての解説をしていきます。


本アルバム収録曲の全てに通じる基本的な発想として、24の周期と25の周期を同時に走らせることでサイクルのズレの推移を体感させることがあります。

25時間の概日サイクルを持つ人が仮にそのサイクル通りに生活した場合、例えば0時就寝7時起床のサイクルの日があったとして、その翌日は1時就寝8時起床、そこから11度サイクルを経た日には12時(正午)起床19時就寝といった具合にズレていき、24回サイクルを経た時点で0時就寝7時起床のサイクルに戻ってくることになります(まあそれが社会的な要因で非常に難しいためいろいろ不具合が起こるわけですが…)。

この25時間×24回=600時間は24時間サイクルで考えると25回(25日)に相当するので、この600時間という単位を一つのブロックとして、様々なアプローチで作曲を行うことで、究極的にはズレが広がっては戻り~といった様相/不具合を追体験させられ得ないか、という発想です。


・op.5

Bandcampの概要文でも書いている通り、本アルバムの収録曲の中でこのop.5のみが1日(24時間)を1秒に変換しています。自宅の古時計の音を用い、右chで1秒ごとに25回カウントが行われるうちに、左chでは等間隔(1.041666...秒ごと)に24回カウントが行われます。ズレの推移をそのまま反映しただけの簡素な作品です。他の収録曲では1時間を1秒に変換している(故に作品の長さは600秒)ため、このop.5を他曲の構造を示すミニチュアとして捉えることもできると思い、最初と最後に収録しています。


・op.8

このop.8は少し変則的な成り立ちで、先のop.5のアプローチを1時間を1秒に置き換えるようなかたちで作った音“a”と、25(もしくは24)の倍数を周波数として並べた音列を用いた即興演奏“b”を、L(b)+R(a)=op.8-1、L(a)+R(b)=op.8-2というかたちで組み合わせています。

LRは完全に振り切ってあるので、それぞれの曲を左右に分離して組み替えればaとbを別作品として聴くこともできます。

aはRでは24カウント、Lでは25カウントごとに古時計のベルを変調した音が鳴ります。op.5における秒針のカウント音はop.8におけるベル音の位置に相似となります。

bの音列は例えばRの場合、最低音が24hz、その隣が48hz、その隣が72hz、と続き最高音が600hz(全25音)となるようにPianoteq Proのチューニングを設定することで実現しています。この状態で即興演奏を行ったものをR(b)とし、それを「チューニングを25hzの倍音列に変更+bpmを96%の値に変更」した状態で再生したものをL(b)として用いています。結果的にL(b)はR(b)に対して演奏の周波数は上がりテンポは遅く、そして最後の24秒に発された音は600秒をオーバーする部分になるためカットされています。

Pianoteqでのこのようなチューニングの設定はScala Workshopでharmonic series segmentを作成することで簡単に実現できます。


・op.3

本アルバムの収録曲で最も作品番号が若い曲です。このアルバムの制作は《解説》の冒頭に記した基本的な発想ができたところから、思い付いたアプローチを試すかたちで次々作曲していき、質的/量的に1つのアルバムに足りる程度の曲ができた時点で最初のコンパイルとして出そうと考えていました。結果的に今回の制作ではop.1~op.10までを作曲した時点でそれに達したと感じ、リリースしています。収録されていない作品番号のものは単純に失敗作だった(思い付いて試したものの上手くいかなかった)ということです。

このop.3は番号が若いこともあり、とても簡素な成り立ちで、24秒間のピアノ演奏(和音が3つ鳴らされるだけ)を録音し、そのファイルの再生スピードを96%に(=25秒間のファイルに)したうえで、それぞれリピートしているだけです。スピードの変更に伴い発音タイミングや音の長さだけでなく音程も変わっているため、結果的には6つの和音が違うレイヤーを作り出しながら左右から発される仕組みになっています。


・op.6

本アルバムの収録曲のうちある意味では最も音楽的といえる1曲です。鉄琴、弦楽器、ピアニカなどを用い左chでは25秒ごと、右chでは24秒ごとに何らかのアクション(発音)が行われます。

左から発される音は25hzの倍音、右は24hzの倍音であるため、左右どちらかだけを再生すると協和度の高い曲として聴こえてくるかと思います。

例外的に冒頭から(フェードインするかたちで)鳴らされるコントラバスの弓弾き的な音はnord modularで25hzの倍音と24hzの倍音に設定したいくつかのオシレーターをごちゃごちゃ繋いで作ったので、センターに置きました。

ピアニカはAの音を吹いて録音→スピード変更で周波数を調整して使っています。計算めんどかった。


・op.10

0時就寝/7時起床の24時間サイクルで生活する人を仮想して、それをop.5などと同じような要領で25時間サイクルに置き換え、それぞれのサイクルの起床(活動)時間帯には音が聴こえ、就寝(睡眠)時間帯には音が止むという作品です。


・op.9

0秒地点で左右同時に440hzを発音するところからスタートし、左chは25秒ごとに24平均律の音階を一つずつ、右chは24秒ごとに25平均律の音階を一つずつ上がっていくだけの作品です。

発音位置(経過時間)と音程(cent値)が比例的に上がっていくような仕組みです。

最初はPianoteqのデフォルトなピアノの音で作っていたのですが、それだと無音部分がかなり多くなってしまうのと、発音位置や音程が僅かにズレたときの唸りなどを聴き取りやすくしたい意図で、リミッターを使用してサスティンを引き伸ばしています。



最後に制作中に意識した他者の作品などについて。作品を作る際のアプローチなどでは全く影響は受けませんでしたが、病や障害を取り上げた作品という意味でThe Caretaker『Everywhere at the end of time』、Derek Bailey『Carpal Tunnel』などは一応意識のうちにはありました。こういうの作ってもいいんだ、という気持ちを多少はもらえた気がします。ただこういう作品を作ろうという構想自体は何年も前からずっとありました。このタイミングになったのは思い付いたことを実現できるツールが手元に揃ったからという要因が大きいです。

他には向井山朋子が2019年に銀座メゾンエルメスで行った展覧会/パフォーマンス「ピアニスト」は、(概日リズムどうこうという意図ではなかったのでしょうが)パフォーマンスを行う時間が毎日1時間ずつズレていくというスタイルで大変刺激を受けました。

また、これは本作の制作後に知った例ですが、David Toopなどが概日リズムをテーマとして行った演奏(録音もリリースされており、タイトルは『Circadian Rhythm』)もあるようです。


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