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アルバムレビュー - Joe Panzner『Tedium』

Joe Panznerはオハイオ州アクロン出身で同州コロンバス在住の音楽家。

彼はオハイオ州立大学で音楽理論(Music Theory)のBM、音楽学(Musicology)のMA、そして音楽学のPh.D.を取得し、そこでは大学フェローシップと権威ある博士研究のためのPresidential Fellowshipを受賞しました。オハイオ州立大学で最初のニュー・ミュージック・アンサンブルを設立し指揮を執り、ジョン・ケージ、コーネリアス・カーデュー、モートン・フェルドマン、アール・ブラウンなどの作品のほか、学生作曲家による実験的な音楽の新しい作品を演奏しています。博士論文であり、著作として出版もされている 「The Process That Is The World:Cage/Deleuze/Events/Performances」 では、Gilles DeleuzeとJohn Cageの間の、存在論、パフォーマンス、政治の各分野における哲学的なつながりを追跡しています。現在はオハイオ州立大学で音楽史の講師をしています。(こちらのページより翻訳)

演奏においてはコンピューターを用いることが多く、そこにはJohn CageやDavid Tudor、Morton Feldman、そしてPeter Rehberg、Florian Hecker、Zbigniew Karkowski、Dion Workman、Julien Ottaviなどの影響が取り入れられているようです。ソロでの演奏/作曲以外ではMike ShifletやGreg Stuartと共演することが多く、録音作品も複数残しています。

本作『Tedium』は彼が2014年にリリースしたアルバムで、ソロリリースとしてはおそらく3作目にあたるものです。

内容は作品のキャプションに“Too-loud computer music”と記載されている通り非常に凶暴なノイズ作品なのですが、歪んだパルス音のようなものに始まり、細かく挿入されるローカットされたノイズや帯域を埋め尽くすように分厚く歪んだノイズ、または弦楽のトーンクラスターのようだったり打楽器の音を引き延ばしそこに音程のベンディングを加えたような存在感のある変調音まで現れるなど音色のバリエーションは多彩で、場面ごとに音量や音数の起伏もしっかりとあるので、非常に上手く構成された作品という印象が残ります。

このようなコンピューターをメインとした環境での音響作品の創作に関しては本人からの具体的な情報がない限りはなかなか言葉をひねり出すのが難しく、本作においてもそのような記載はないため推測で語るしかないのですが、そこでヒントになりそうなのが彼の前作『polished rocks (07​.​12)』のページにある謝辞です。ここには人、場所などに加えて様々な機材の名称も記されており、中でも目を引くのがhacked vst, ancient editing software, one-and-a-half functional monitors, cruddy guitar cables, semi-stable contact micsなど何らかの性質/状態を含んだ物の記載です。

『Tedium』の中で私が特に惹かれた要素が、前述したような音色の多彩さ、構成の上手さとともに、サウンド全体に独特の味わいと統一感をもたらしているやや粗くビット落ちしたような音の質感なのですが、これを生み出す要因を考えた時に、先に挙げられているような機能不全を抱えたマイク、ケーブル、モニターだったり、古い(またはハッキングされた)ソフトウェアは割と納得がいくようなものに思えます。もちろんこれらの記載は前作のものなので、そのまま『Tedium』でも用いられているとは限りませんが…。ただ両作の音の質感は近しいものに聴こえるのも事実ですし、『Tedium』の音の質感の魅力を機能上の制限や不全を意図的に取り入れるという方向性によって生み出されたものと推測するのはあながち間違っていないのではないかと思います。

『polished rocks (07​.​12)』の謝辞に記載されている機材には他にmax/msp、llooppなどがあるため、メインの音の生成はこれらで行われている割合が高そうですが、それだけで完結せずアナログだったりLow Techな創意工夫も用い、かつそれがしっかり作品の旨みになっているという点からは、彼が創作において最終的なアウトプットとなる音の様相を見据えて技術を運用していることが伺えるように思いますし、それは少なくともまずは音のみを作品として受け取りたい私のような人間にとっては理想的な在り方のように思えます。正直この作品についてはここまで書いた文章とか読むより1秒でも早く再生して「あーかっけー」ってなったほうがマジで有益だと思います。

本作のCDは少数しか発行されていないため今からでは入手が難しいかもしれませんが、最近彼のbandcampにデジタル版がアップされて、現在NYPになっているのでこの機会に是非とも聴いてみてください。ちなみに過去作2つもNYPです。


過去作についても書いておきます。

2011年発表の1stアルバム。以降の作品と同じく電子ノイズを中心とした作風ではありますが、3つのトラックの流れの中で強弱の幅がかなり広くとられていて、静かな場面ではいわゆる物音系の作家の演奏を思わせるこじんまりとした雰囲気があります。爆音となる2曲目では『Tedium』でも用いられているトーンクラスターを思わせるような響きが現れたりして、ここがアルバムのハイライトといえそうですが、3曲の繋がりの中で生まれる起伏が素晴らしいので通して聴いてほしい作品です。


先のレビュー中でも取り上げた2012年発表の2ndアルバム。静と動のコントラストが強く表れていた1stと比べると、こちらは持続音を多く用いじっくりとサウンドの規模を膨らませていくような、ドゥーム的な気長さのある作風です。ノイズ的な響きももちろん多く用いられていますが、空間を切り裂くようなかたちではなくゆっくりと立ち上がってくるかたちで使用されることが多く、故に他作品と比べてもあまりラウドに聴こえません。しかしこういったいわば帯状の音響を形作っていくような作風でも音の移り変わりはかなり頻繁に起こっているところに“らしさ”を感じます。長尺の2曲ですがしっかり緊張感が持続していて構成の上手さに唸らされます。


あと以下は過去作ではなくつい先日公開されたものですが、彼はquarantine(≒検疫/隔離)をテーマとしたオンラインフェス「AMPLIFY 2020」へ作品を提供しています。ここでもeight broken XLR cables、empty officeなどの表記があるのが興味を引きます。内容も素晴らしいです。フリーダウンロードで公開されています。




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