追悼:Peter Rehberg
主にPitaの名義で音楽活動を行い、95年にRamon Bauer、Peter Meininger、Andreas Pieperが立ち上げたMegoの運営に少し遅れて加わり、それに続くEditions Megoの主宰としても広く知られるPeter Rehbergが亡くなりました。享年53才、The Gardianの記事によると死因は心臓発作とのことです。
私にとっては一人の大好きな音楽家というだけでなく、リスナーとしての最も強力な指針であり、作り手としてはいつか彼の元に自分の作った音を送ってみたいと、明確に意識する人物でありました。
あまりにも突然の訃報に何も手につかず、自分なりにしっかりとした哀悼の意を表さないことには最早他に何もできなさそうなので、なんとかして自分の足取りを確かめ、歩いていくためにこれを書いています。
PitaもしくはMegoの関連作と私が出会ったのは多分ですが2009年辺り、Fennesz『Endless Summer』だったと思います。ただ当時はレーベルを意識して音楽を聴くということはあまりなく、この作品についてもたしかAmazonのリストマニア(懐かしい)で「アンビエント・エレクトロニカ」とかそんな感じのを探してた中で目に留まったんだったと思います。そして当時の自分にはこのアルバムは難しく、全然意味がわかりませんでした(たしかその頃自分がハマってたのがHelios『Eingya』で、心持としてはそれに似たのを探してる感じだったので無理もありません)。
もちろん今では大好きです『Endless Summer』。
かくして最初の出会いは一回ザっと聴いて"?"を抱えただけみたいな感じに終わりましたが、その後少し時間が経って、2010年の後半辺りでしょうか、永久音楽blogを書かれているXTC_Loverさんがその前に書かれていたブログでEmeraldsを見つけて、その頃には多少レーベルを気にしながら聴くってこともやり始めていたので、この時点でやっとMego(およびEditions Mego)を意識し始めたんじゃなかったかと思います。そしてEmeralds『Does It Look Like I'm Here?』を見つけてからは数珠繋ぎというか、ブログ「デンシノオト」の2010年のベスト的な記事でかなり上位(たしか一位?)に挙げられてたMark Mcguire『Living With Yourself』とか、近い時期にリリースされてたOneohtrix Point Never『Returnal』などを手にして、更にちょうどその頃電子音響って呼ばれるような音楽があるらしいことにも気づいて、TouchやRaster-Noton、LINE、12kなどと同時進行な感じで新譜/旧譜関係なくでたらめに堀り始めるといった流れになりました。
これ当時すごい話題になってたんすよ。ちなみにサブスクにはない。
レーベルの存在を意識して堀り始めて衝撃だったのはやはりというか、Pita『Get Out』の三曲目ですね。初めて聴いたのは2011年の一月、教習所に通うバスの中だったのではっきり覚えてます。なんか陳腐な表現ですが、「ノイズに美を感じる」といった感覚をしっかり得たのはこの時が初めてだったんじゃないかと思います。これ以前にも例えばシューゲイザーとかは聴いてましたが、マイブラとかは自分にはノイジーさはあれど全然ノイズとしては聴こえてなくてただただ美しい音に聴こえてましたし、クリックやグリッチを用いていてもそれをリズミックに処理するものもやはりグリッドにハマった時点で自分にはノイズという風には聴こえてなかったと思います(Sonic Youthの間奏パートはおそらくそう聴こえてたのかもしれません。なぜなら楽しみ方がよくわかってなかったので)。
しかしこの曲の、美しいハーモニックなリフが暴風に煽られマイクに押し付けられひび割れ、風向きに伴ってバタつき捻じれ、今にも引き裂かれてしまうかのような変形、ノイズ化は、それこそまだノイズ・ミュージックなどにも辿り着いていない自分に耳には紛れもなく非常に耳障りなものでした。しかし不快さを感じるものでありながらも、未だハーモニックな美しさをギリギリで留めるサウンドの振る舞いに、快/不快がひどく不安定に入り混じり、再生を止めてしまいたい欲求と、少しでも長く聴き続けることで今朧げに感じられている快がもっと明確に掴めるのではないかという欲求がギリギリでせめぎ合い、止めるに止められない状態のまま(唐突な停止によって訪れる)最後まで聴いてしまうという体験をさせられました。電子音響やエクスペリメンタルと呼ばれるような音楽、そしてノイズ・ミュージックなども聴くようになった今では、私の耳にはこの曲は初めて聴いた時のように「許容量を超えた響きとしてのノイズ」として響いてはきませんが、音楽として許容できる耳障りさの範囲を強力に押し広げられたのがこの11分間であったとするならば(少なくともこれを聴いて以降しばらく、私の耳には手に取る電子音響系の作品がどれも素晴らしく新鮮な快楽性を持って響くようになります)、それは幸福なことなのかもしれません。
この感じの作風に「名曲」って形容してしまうのは場合によっては危ういですが、これはどうしようもなくそれが似合っている……。
私が知った時点で既にEditions Megoは評価が確立されたような存在だったので、過去の作品は割合目星をつけて聴いていくということがやりやすく、『Get Out』を聴いて以降もどちらかというと旧譜を優先的に聴いていくような時期が続いていたんですが、たまにチェックするくらいな感じで接していた新譜の中でとても強く印象に残っているのが2012年にリリースされたKTL『V』です。再生した瞬間放たれる緊張感/緊迫感に満ちたサウンドに筋肉が収縮し身体が痺れたようになってしまったあの感覚を今でもはっきりと思い出せます。常に重苦しさや緊張感がありながら、倍音の揺らぎや音のレイヤーにはどうしようもないほどの官能性と快楽性も感じられ、聴いている間意識をしっかりと保って(いわばどこまでも覚醒して)聴き続けたい欲求と催眠性に身を任せ落ちてしまいたい欲求がせめぎ合う(どちらの接し方でも最高な体験ができる)本当に魅力的なサウンドの磁場を持ったアルバムであり、未だにソロやコラボ、ユニット、バンドなど含め彼の関わった作品の中で最も強く惹かれる一作です。ドゥーム・エレクトロニクスまたはドゥーム・アンビエントといった表現があり得るなら、これはその最上のかたちといえるのではないかと想像します。本作にあまりにも強力に魅せられてしまったこともあり(当時はどこかにアップとかしてませんでしたが、読んでたブログの真似して作った年間ベストで一位にしてました)、これ以降自分にとってEditions Megoは現在進行形のめちゃくちゃヤバいレーベルとして認識されることになりました。
未聴な人全員聴いて。
Peter RehbergがメンバーとなっているユニットやバンドはFenn O'BergやKTLが最も有名かと思いますが、他にも好きなのが結構あります。Peterlickerは(メタルのサウンドの認識/分類に自信はないですが)かなりしっかりしたドゥーム・メタルもしくはブラック・メタルで、そこに電子音がKTLともまた違ったかたちでしっかり絡んでいて超かっこいいです。
上記のPeterlickerにも参加しているギタリストのChristian Schachinger、MegoからのアルバムリリースもあるChraことChristina NemecとのユニットShampoo Boy。二人とはウィーンに来てすぐの頃に出会った旧知の仲だそうです(こちら参照)。Blackest Ever Blackから3枚のアルバムを出していてどれもかっこいいんですが最も好きなのが2015年のこれ。Christian Schachingerのセンスかもしれませんがこちらにもドゥーム・メタル的な感覚が薄っすらありつつ、電子音楽~ノイジーなアンビエントといった趣が強い音楽性。
Megoからも多くの作品を発表しているTujiko NorikoとのユニットDACMの2ndアルバム。2004年リリース。Pitaが関わった作品の中でも抒情性を含んだエレクトロニカとしてはかなり秀でた出来?というかこのユニットでの音はなんかちょっと他とは異色な感じがします。これ、いいですよ。1stの『Showroom Dummies』はMegoから出てるのでサブスクにもあります。
それとPitaについて自分にとって欠かせないのはなんといっても2015年9月、スーパーデラックスで行われた『Editions MEGO 20th Anniversary』でのライブですね。これについては当時ブログに自分が感じたことを書いています。2021年現在においても電子音楽のライブ演奏としては2017年に長崎県諫早市で観たPhewの演奏と並んでベストと思えるような素晴らしい演奏でした。Pitaの演奏を観れたのはこの時一度きりでしたが、この時観れて本当によかったです。ありがとうございました。
そして翌2016年にはPitaの久々の単独アルバム『Get In』がリリースされます。2015年のライブとの音楽的な連続性もしっかり感じられつつ、それが(作品の長さという意味でも、作中のサウンドの量的な意味でも)コンパクトにまとめられていて、しかし深みは増してるんじゃないかというような傑作でした。特に3、4曲目の流れ、音の浮き沈みで描き出されるストーリー性?のような何かには強く惹かれ、この2曲だけ無性に聴きたくなってしまうことも少なくありません。来日ライブ時にも用いていたモジュラーシンセ使いとしての彼の一面がおそらく初めてパッケージングされた作品ではないかとも思いますし、初めてリアルタイムで聴くことができた彼の単独作という思い入れもあり、今でもPita名義の作品では最も再生することの多い一作です(『Get Off』とよく迷いますが)。
出た当時まず感じたのが「やけに音がいいな」ということだったんですが、今聴いても全く鮮度が落ちない感じがあります。普遍的な美しさを湛えた電子音楽と言ってしまえそうな……。
いつ頃からかはわかりませんが、少なくとも2010年代中盤くらいからはPitaはユーロラックのモジュラーシンセを積極的に使っていた印象で、そういった方面から見た面白味や影響というのもあったかもしれません。個人的には2017年のこの演奏は好きで何度も見ました。
『Get In』は当時メディアとかでの評価は特別高かった記憶はない(というか見落とされてる感じで自分はすごく不満だった)んですが、阿木譲が非常に高く評価していたことは記憶に残っています。
また、2017年にEditions MegoからリリースされたKassel Jaeger『Aster』とKassel Jaeger『Wakes on Cerulean』が日本盤としてきょうレコーズからCD化された際にはライナーノーツを執筆させていただいたことも、Editions Megoの数々の作品を愛聴してきた身として記憶に残る嬉しい機会でした(2020年にも『in cobalt aura sleeps』のCD化に際し同様の機会をいただきました)。執筆に際してのやり取りはレーベルオーナーの中村さんを通してだったので、直接やりとりはありませんでしたが、今となっては何かメッセージを送っておくべきだったと悔いが残ります。
音楽家としてのPitaの功績として最も大きなものはやはりラップトップを用いての演奏表現と『Seven Tons For Free』にプリミティブに表れているようなグリッチ・ノイズの大胆な使用なのかなと思います。またそのようなテクノロジカルでありながら屈折したサウンドがアカデミックな流れではないところから現れたということも合わさって、デジタル・オーディオ領域におけるパンク的なフレッシュさ/衝撃も相当なものであったのではないかと想像もできます。この時期のサウンドに対しては私は一人の後追いのリスナーとして好きではありますが、やはりリアルタイムで聴いた方と比べると衝撃度は薄れていると思いますし、価値の感じ方も違っているかもしれません(この辺りについてはリアルタイムを経験した方々でしっかりと言葉にできる方が沢山いるはずです)。むしろ先述の通り2010年頃にその存在をしっかりと意識し始めた私にとっては、Peter RehbergはEditions Megoの主宰として、グリッチの新鮮味も過ぎ去り、電子音を用いた抽象的な音楽などが何らかの斬新な手法に牽引されるムーブメントととしてでなく、様々な手法/方向性が入り乱れた「エクスペリメンタル」というある意味では便利で都合のいい言葉で分類される(しかなかった)時代に、このような音楽を手探りで聴いていく上での指針として存在していた面が強かったかもしれません。特に2012年にKTL『V』を聴いて以降、現在進行形のレーベルとして頻繁にチェックするようになってからは、毎年Editions Megoの作品にはこれはヤバい!と心から思えるものが1つ2つは必ずありましたし、今では迷わず最も好きなレーベルといえます。
彼は2015年来日時にドミューンに出演した際にインタビューでレーベルの運営について、うろ覚えですがたしか「レーベルのほうから音楽性やコンセプトを規定するようなことはしていない」といったようなニュアンスのことを言っていたのが印象的で、Editions Megoのリリースはおそらくは毎日のように届くデモに(朝早くに起きて!)耳を澄まし、手法や音楽性、カテゴライズに縛られすぎず、その時々の自分の感性を信じて選ばれてきたんであろうことが想像できます。そしてそれ故にそのカタログは電子ノイズ、アブストラクトなテクノ、アコースティックな楽器演奏などが入り乱れた、クラブ~ライブハウス~美術の展示空間を自由に行き来するようなオープンさが感じられるものとなったのだと思います。2010年代という時期に特に勢いを持ったPAN、Entr'acte、Shelter Pressなどのレーベルの作品も、私はまずEditions Megoがなければ楽しめていなかったかもしれません。またEditions Megoはその傘下に、親交のあるアーティストが運営するいくつかのサブレーベルを持っており、そのどれもがEditions Mego本体に負けず劣らずの素晴らしいものだったことも追記したいです。Ideologic Organ、Recollection GRM、Spectrum Spools、そして昨年始動したPortraits GRMにも、幾度となく刺激を受けました。
自分の現在のリスナーとしての音楽に対する好み、感性はEditions Megoの、すなわちPeter Rehbergの耳と感性を通って届けられた数々の作品を聴いていく中でできてきたところがとても大きく、また音楽を作ることが自分にとって習慣といえるほど手放せないものとなってからは(彼の手法やサウンドを直接参考にすることはありませんでしたが)いつかそのレーベルから作品を出してみたい、いや出せなくてもいいのでデモを送ってその耳/感性に届かせたいと明確に意識する目標でもありました。
何度も忘れ難い衝撃をくれた音楽家、リスナーとしての指針、音楽家としての目標、様々な面で、Peter Rehbergは私にとって本当に大きな存在でした。彼がこれから出すはずだった音が、その感性が失われたことが今この時も本当に惜しく、心から悔やみます。
安らかに、Pita。そしてありがとう、Pita。
以下には私がその存在を意識し始めた2010年以降のEditions Megoの好きな作品を羅列します(Ideologic Organ、Spectrum Spools、Recollection GRM、Portraits GRMも少しあります)。気になったのあったら是非聴いてみてください。本当に素晴らしいレーベルです。
・Fenn O'Berg『In Stereo』[2010]
・Mark McGuire『Living With Yourself』[2010]
・Oneohtrix Point Never『Returnal』[2010]
・Marcus Schmickler『Palace Of Marvels (queered pitch)』[2010]
・Mark Fell『Periodic orbits of a dynamic system related to a knot』[2011]
・Angel『26000』[2011]
・Bill Orcutt『How The Thing Sings』[2011]
・Mist『House』[2011]
・CoH『IIRON』[2011]
・KTL『V』[2012]
・Motion Sickness Of Time Travel『Motion Sickness Of Time Travel』[2012]
・Lorenzo Senni『Quantum Jelly』[2012]
・Cindytalk『A Life With Everywherer』[2013]
・Innode『Gridshifter』[2013]
・Main『Ablation』[2013]
・Compound Eye『Jurney from Anywhere』[2013]
・Okkyung Lee『Ghil』[2013]
・Hecker『Articulação』[2014]
・Oren Ambarchi『Quixotism』[2014]
・Fennesz『Bécs』[2014]
・Arne Deforce & Mika Vainio『Hephaestus』[2014]
・Klara Lewis『Ett』[2014]
・Donato Dozzy & Nuel『The Aquaplano Sessions』[2014]
・Thomas Brinkmann『What You Hear (Is What You Hear)』[2015]
・Anthony Child『Electronic Recordings from Maui Jungle Vol. 1』[2015]
・Chra『Empty Airport』[2015]
・Second Woman『Second Woman』[2016]
・Sendai『Ground and Figure』[2016]
・Pita『Get In』[2016]
・The Necks『Unfold』[2017]
・Kassel Jaeger『Aster』[2017]
・Kassel Jaeger & Jim O'Rourke『Wakes on Cerulean』[2017]
・Simon Fisher Turner『Giraffe』[2017]
・Shit and Shine『Some People Really Know How To Live』[2017]
・Loke Rahbek『City of Woman』[2017]
・Flex Kubin『Takt der Arbeit』[2017]
・Jaap Vink『s/t』[2017]
・Jung An Tagen『Agent Im Objekt』[2018]
・Oren Ambarchi, Jim O'Rourke, U-zhaan『Hence』[2018]
・Christian Zanési『Grand Bruit / Stop! l'horizon』[2018]
・Caterina Barbieri『Ecstatic Computation』[2019]
・Oto Hiax『two』[2019]
・Thomas Brinkmann『Raupenbahn』[2019]
・Oren Ambarchi『Simian Angel』[2019]
・Dino Spiluttini『Heaven』[2019]
・Jim O'Rourke『Shutting Down Here』[2020]
・KMRU『Peel』[2020]
・Julia Reidy『Vanish』[2020]
・Electric Indigo『Ferrum』[2020]
・Reinhold Friedl & Eryck Abecassis『animal électrique』[2020]
・Kassel Jaeger & Jim O'Rourke『in cobalt aura sleeps』[2020]
・Lionel Marchetti『La grande vallée / Micro-climat』[2021]
・Innode『Syn』[2021]
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