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ライブレポート:Thomas Strønen Time Is A Blind Guide, 2024/02/06 おりなす八女

2月6日に福岡県八女市の「おりなす八女」にて行われた、ノルウェーのドラム奏者Thomas Strønen率いるグループTime Is A Blind Guideのライブに行ってきました。
Thomas Strønenはかなり前から好きな音楽家で、ECMからリリースしているノルウェーのジャズ・ミュージシャンの中では例えばJan GarbarekやBobo Stenson、Arve Henriksenなどに比べると知名度的には劣るかもしれませんが、深く多様な音響的哲学(そこにはECMのキャッチコピーになっている「静寂の次に美しい音」という世界観も含まれるでしょう)を感じさせる演奏~音楽を長年続けている人という印象で、このレーベルの美学(の一端)を理解するのに重要な音楽家ではないかと感じる存在でした。

Bobo Stensonも参加した2005年作。

Thomas Strønenという名前だけ聴いてピンとこない人も、Fenneszが参加したこともあるFoodのドラマーといえばわかってもらえるかもしれません。



Time Is A Blind Guideはそんな彼が近年継続的に稼働させているグループの一つで、おそらくは2015年に発表したThomas Strønen名義の作品『Time Is A Blind Guide』を発端に、ここでのメンバーや演奏を基礎としてグループとしての展開させていっていると思われます。

Time Is A Blind Guideはこれまでに(前述のそれをアルバム名とした時点の作品を加えていいなら)2つアルバムをリリースしており、これらの作品はドラム、ピアノ、そして弦楽トリオ(ヴァイオリン、チェロ、コントラバス)という編成は共通していますが、『Time Is A Blind Guide』でピアノを弾いていたKit Downesは『Lucus』ではAyumi Tanakaへ交代、そして『Lucus』のリリース後のタイミングでチェロ奏者のLucy Railtonが抜けているようで、今回の来日ではLeo Svensson Sanderが新たにチェリストとして加わった編成となっています。


2018年リリース『Lucus』が彼のキャリアの中でも特に好きな一作であったこと、そこから更に2019年リリースのMats Eilertsen(Thomas Strønenとは幾度も共演している盟友といっていいでしょう)による『And Then Comes The Night』、そして2021年のThomas Strønen, Ayumi Tanaka, Marthe Lea『Bayou』とこれまた素晴らしい作品が続いていることもあって、個人的にこの人に対しては「もしかしたら今が最盛期なのでは…」という印象があります。なのでライブもずっと観てみたいと思っていて、昨年だったか、来日があるらしいという知らせを聞いた時にも気にはなっていたんですが、まさか福岡で観れるとは思わず、本当に絶好の機会でした。

ライブは前述の通りドラム、ピアノ、弦楽トリオという編成で、当日の会場ではこれら5人の奏者がだいたい円形に向き合うようなセッティングで演奏が行われ、客席もドラム側とバイオリン側になだらかに円形で設置されていました。私は悩んだ結果バイオリンの背後(ピアノとの間あたり)に座りました。



前置き長い割に肝心の演奏についてはいきなり結論言っちゃうことになるんですが、本当に凄かった……。基本的には『Lucus』の延長線上にある表現を想像して行ったんですが、実際目の前で展開される音楽はそれをどんどん拡張、更新していくもので、想像の上を行く瞬間も、または想像の外を駆けるような瞬間もふんだんに擁すおよそ2時間。
アンコール合わせて演奏されたのは全部で6曲ほどだったと思います。演奏のスタイルとしてはおそらく1曲の中で「印」となる作曲パートがいくつかあって、それらの間に即興が挟まれるようなかたちかなと思うのですが、激しい即興パートの中で思いもしないタイミングで旋律やリズムのキメなり同期が挿入され、それをきっかけに演奏の様相が大きく変わるといったことが多いため(そういう意味ではプログレ好きな人とかにも聴きに行ってほしい)、1曲の印象を何か一つの言葉なり音楽的性格にまとめるのが非常に難しい…。
作曲パートと即興の境界も掴み難いですし、即興と思える場面でも全員が明らかにフリーで演奏している箇所もあれば、その中に一定のリズムなりパルスを発することに徹している人がいるケースもあったりと様々で、そこに旋律やリズムのキメを入れるタイミングがどう決められているのかもよくわからない。フリーな時間もかなりあるように聴こえたのでまさか小節数を決めているわけでもないと思いますし、演奏中にアイコンタクトとってる瞬間は多々ありましたがそれだけでああいう風にできるものなのか……。こういった抽象的(?)というか掴み難い展開の作り方は、同じくECMから多数作品を発表しているTim Berne's Snakeoilを想起したりも。即興の場面のテンションにしても(管楽器擁するSnakeoilと弦楽器の多いTime Is A Blind Guideではサウンドは全然違いますが)なんだか通じるところがあるような。


前述したようにグループの演奏はひと繋がりの1曲の中で明らかに様相の異なる場面が出現するものだったのですが、その中で特に驚いたのが、弦楽トリオがリズム楽器として働く時間の多さでした。ピッツィカートやハーモニクス、そしてもっと原始的にボディや弦を叩くといった動作で「点」的な音をバチバチと呼応するように発し、ピアノもそれに同調するようにマイク近くのポイントを叩くことも多く、結果として5人全員がリズム楽器となる演奏が何度も繰り広げられ、ちょっと想像していないレベルで踊れる音楽だった……。
弦楽器3つ(+結構な割合でピアノ)がパルスを共有しながらそれを3や4、あと多分5とか他にもいろいろな数でとって、それを自由に切り替えながら、そこに奏法の切り替えなんかも絡ませてくるので、非常に贅沢なポリリズム状態が味わえ、チェロのリズムに焦点を合わせた次の瞬間にはコントラバスのリズムの切り替えが耳に入り、更にバイオリンへ、ピアノへ、と耳と目を行き来させながらその最中を探索するのがマジで楽しい。
この楽しさは自分が観たことあるライブだとColin Vallon Trioにもかなり近い感触でした。こういう感覚ほんと好き。


ただ何度も繰り広げられるそういった演奏の中にも、様々なレベルで不可解さが潜んでいて、例えば弦楽器の発するパーカッシブなサウンドには共通するパルスが読み取れ、そこに身体を預けることで踊れる音楽として聴けるその傍らで、ドラムの演奏だけがそのパルスにどう乗っているのか(または乗っていないのか)が上手く掴めず、ただかといってドラムだけがフリーにいわば一種の「ソロ」として演奏しているようにも聴こえないみたいな時間があったり。私のリズム把握の能力はマジで低いので単純にグリッドを掴み損ねているだけの可能性もありますが、こういった場面で表れるStrønenの演奏の持つ抽象性、そしてそれと同時に耳に入って来る芯のしっかりした凛とした音色はこの日体感した様々な場面でも一際印象に残っています。

なんとなく目を瞑りながら聴き入る時間が結構生まれるのかなと思っていたところが、実際は身体を揺らしながら聴いている時間がかなり多かった記憶です。この感じは(たしか本編の最後の曲を演奏する時だったと思うのですが)Strønenが客席に「静かなのとアップリフトなのどっちがいい?」みたいに尋ね、それに対し客席の多くがアップリフトを望むという場面があったことにも表れているように思いますし、当日会場にいた多くの方に共有されるものだったのではないかと想像します。私もその流れに自然に入っていけましたし、(この問いかけが起こる以前の)演奏もそういった雰囲気に呼応していた面は少なからずあったのではないかと。

もちろん演奏の中には私が想像していたような目を瞑って聴き入ってしまう場面の他、現代音楽の要素を前面に出した弦の特殊奏法の協奏、例えば弦楽トリオ/ピアノとドラムのデュオといった具合にグループ内で疑似的に編成を分けての演奏が行われる時間など、書き出せないほど様々な要素の現出があり、曲間でのStrønenの問いかけ*¹「あなたたちはこういう音楽をなんと呼びますか?インプロビゼーション?ロック?コンテンポラリー・ミュージック?」が本当に音にも表れている感じ。と同時にその問いかけの後に述べられた「私たちはそれら(インプロ~など)やフォーク、トラッドなど、様々な音楽を混ぜています*²」という言葉にも本当に深く頷いてしまいました。

そしてそういった様々な要素を含んだ演奏の中で一貫していて、このグループのサウンドを全く節操のなさを感じさせない、このグループならではのものにしていると感じられた部分が、音の見通しのよさですね。弦楽器3つという編成の時点でその傾向のかなりの部分は決まっているのかもしれませんが、それにしても演奏がヒートアップする場面においても誰か一人の音が他者の音を塗りつぶす場面が全然ない印象で、どの場面にあっても意識を少し向けるだけで各演奏者の挙動をしっかりと掴むことができ、それ故に私は先に述べたようなリズムの探索であったり、グループ内の役割の様相、そこから生まれる不可解さへ自然に辿り着くことができたんだと思います。この編成であればドラムやピアノは他の音を塗りつぶすようなこともできるんじゃないかと思うんですが、そういう方向へ演奏が傾いた印象が全くなく、そのためか全員が活発に音を出している中でのピアノの弱音もとても綺麗に耳に届きました。

最初に述べたように、このグループがここで聴かせてくれた演奏の多様さとダイナミズムは私にとっては想像以上であり想定外でした。そしてそれは、このグループにECMから発表された2作には捉えられていないポテンシャルが存分にあること、つまりはそれらの作品はECMが彼らの持つ音楽から切り出した一面であることを表し、ECMが非常に強固な「編集」によってそのカタログを形作ってきたことを改めて実感させもします。と同時に私がこの日の演奏から受け取った印象(例えば踊れる音楽という一面)もまた、私の視点によって編集されたものでしょう。またこの日の演奏自体、会場が、そこに集まった観衆が、彼らのポテンシャルから編集したものだったということもできるかもしれません。

そしてそのような、交感とも近しい編集的な作用は、これから予定されている大阪、東京での公演でも間違いなく表れるでしょう。故にここに記した私の演奏に対する視座は、そこでは全く役に立たないものかもしれません。しかしどんなかたちの作用が表れようとも、そこには素晴らしい音楽がなっていると確信させてくれるほどのポテンシャルをこのグループには感じます。擁する音楽性の多様さ故に、ジャズ、インプロヴィゼーション、プログレや実験的なロック、ダンスミュージック、トラッド/フォーク、更にはアフリカ音楽まで、好きなものは異なっていても様々な音楽好きに心から勧められるライブなので、少しでも興味ある方は行ってみてください。後悔はしないはずです。


大阪公演は2/8(木)、東京公演は2/10(土)に予定されています。以下の投稿にそれぞれの公演の詳細とチケットリンクがありますので是非。


ちなみに今回の福岡・八女公演をオーガナイズされたのは、Pino Palladino & Blake Millsの福岡公演(行きました!)の主催でもあった旧八女郡役所音楽の会さん!こういうアクトを九州に呼んでくれること、本当に感謝してもしきれません。九州の音楽好きの方とか、是非とも動向をチェックしてください!


*¹1曲終るごとにStrønenは客席への挨拶や問いかけ、または次にやる曲の簡単な紹介を行っていました。聞き間違いでなければ3曲目はPaul Bleyへ捧げる曲(曲名もPaul?)と紹介されてました。

*²英語力全然なくてめっちゃニュアンスだけの意訳です。話半分で聞いて下さい……。


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