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アルバムレビュー - Joe Colley『No Way In』

ジョー・コリーは1972年生まれ、カリフォルニア州サクラメントに拠点を置くアーティスト。視覚的または口頭的な手段とは異なる方法で意識を活性化するものとして、現象としての音について独学で学び、ジャーナリストとして儀式的な音楽や狂った芸術に焦点を当てフィールドレコーディングや様々な文化の研究を行い、その成果は多くの国の雑誌などに掲載されています。

音楽家としては90年代に実験的なノイズプロジェクトCrawl Unit名義で活動を始め、ゼロ年代には本名名義での活動も開始、ソロアルバムだけでなくJohn Wiese、Francisco Lopez、Kevin Drummなどとのスプリットや共演盤をはじめ7インチやmini CDなどで実験的な音源を数多くリリースした後、2010年代に入ってからはわずかに未発表だった音源が出されるのみで寡作となります(実質活動停止状態となっていたようです)が、2016年に新たな録音を用いた新作がリリースされ話題を集めます(それが本作になります)。

本作の録音/作曲の時期は2014~2016年。マテリアルはノイズ寄りの電子音や物音をアンプリファイしエフェクト加工やループ化を施したものが多い印象で、それらを貼り合わせたコラージュ/コンクレート的な作風です。

ただこの人の場合コラージュ/コンクレートといってもマテリアルの張り合わせは直列的に行われている印象が強く、それによって生まれる価値も限定的なように感じます。youtubeなどで演奏動画を見てみると、ライブの際にはエレクトロニクスや何らかの方法で発生される物音など、その場で音を生成している割合はかなり高そうですし、アルバム作品などを制作する場合でもレイヤーというか同時に鳴る音(音楽の縦の部分)の設計は録音段階で大部分が決定されていて、その後の編集で行われるのはそれらをどう接続するかという音楽の横の部分の設計がメインなのではないかと想像します。

少なくとも実際に作品を聴いていると、個々の場面での音の鳴り方からは細かな編集やオーバーダビングによる精緻さや厚みよりも、ライブ演奏的な最小限かつ効果的な音の抜き挿しが印象に残りますし、編集によって場面の切り替えや突発的なダイナミクスの変化は起こるものの、個々の演奏/録音が持つ価値自体にはあまり手を入れずそのまま保存され用いられているように感じます。

例えばGRMの系譜にある作家たちなどの狭義のミュージック・コンクレートには、録音された音響に対しそれらを(縦、横など様々な次元で)貼り合わせる段階でいかに新たな機能や価値を発生させられ得るか(抽象化し扱うことができるか)といった方向性や目論見が強く存在しているように思いますが、Joe Colleyの作品(中でも本作)では録音段階で生じた価値と編集段階で生じた価値がくっきり分かれているような印象で、リアルタイムの演奏(の録音)とそれらの繋ぐ編集という異なる次元からの作者の音への操作や干渉がダイレクトに知覚できるような明瞭な触覚性があり、それによって独特な音の近さや生々しさ、ひいては緊張感が生まれています。

このような「触覚性を感じさせるコンクレート・ミュージック」とでも形容できそうな音楽は近年のエクスペリメンタルなシーンでは割と耳にすることが多い印象で、例えばFrancisco MeirinoCoppiceLeo Okagawaなど色々な作家が思い浮かびますが(もちろんそれぞれに触覚性のニュアンスや生み出し方は異なります)、Joe Colleyはそういった方向性にいち早く到達していた作家の一人といえるのではないでしょうか。それ故か、彼の作品は本作だけでなく過去の(例えばゼロ年代の)作品でもとても現代的に聴こえます。先に挙げた数人の作家に限らず、現代のエクスペリメンタルと形容されるような音楽を聴く方にとってはとても耳を引く要素の多い作家だと思うので未聴の方は是非ともチェックしてみてください。

本作『No Way In』はフィジカルエディション(レコード)は既に完売しているため入手が難しいかもしれませんが、冒頭にも張り付けているGlistening Examplesのbandcampページでデジタルアルバムが現在NYPで購入できるようになっています。以前は価格が設定されていた記憶がありますが最近(おそらく3/20から)こういう設定になったので、この機会に手に入れておくのがいいと思います。


過去作もどれも素晴らしいです。


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