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ケリー・ライカートの主要作を観た

アメリカの映画監督ケリー・ライカートは名前に聞き覚えがある程度でよく知らなかったんですが、先月京都に旅行した際に出町座でちょうど特集上映をやっていて、主要作の一つ『ウェンディ&ルーシー』を観ることができました。そしてそれが非常に印象深い作品だったこともあり調べてみると、主要作はアマゾンプライム会員特典で観ることができることに気付き、全て観たのでその感想をまとめておきます。感想は私が観た順に載せますが、これから観るという人は最初の長編『リバー・オブ・グラス』から順に『オールド・ジョイ』、『ウェンディ&ルーシー』、『ミークス・カットオフ』と観るのがおすすめです。


・『ウェンディ&ルーシー』



・『オールド・ジョイ』

ケリー・ライカート『オールド・ジョイ』観たがこれは…素晴らしい……友人何名かに強く勧めたい映画だなと思った。
「時代の終わりだ」〈音楽〉〜流れる風景
ここで完全に持っていかれた。好きなところは数あれどここにグッとくるかどうかがこの映画の全てなんじゃないかとすら思う。
温泉への道中、日が暮れてきた時の影(つまりほぼ黒)となった緑の色味はあまり映画で観た記憶がないものでとても感心した。人の目には緑に見えるあの色あの感じ。
ガソリンスタンドに立ち寄った時に映るカラスや温泉に浸かっている時のナメクジのショットもとてもいい。旅を思い返す時にああいうのが頭に浮かぶのあるある。
温泉のところももちろん素晴らしいんだけど、なんとなくトーンは穏やかながらも映像はそれなりのテンポで切り替わっていくことと、人間が写るショットとそれが映らないショット(つまり登場人物の視線?)で映像のクオリティが変わる感じがあり、それが結構色鮮やかな印象をくれた。
この映画の魅力の非常に大きな部分を占めているのがYo La Tengoの音楽だけど、帰り道の車の発信音がフェードアウトしてそれに立ち替わるようにピアノが入ってくるところ、そしてそのピアノの音色が本当によかった。なんて「わかってる」音構成なんだ。
帰り道を音楽だけで一気にお届けするの、その時間にだけある一種の「空白」感を表すのに最善の手法といった感じだ…このシーケンスでの後部座席から見たショットと後部座席を見たショット(犬が寝ている)の切り返しはマジでハイライト。
最初と最後、車が町を走る時にニュース(討論番組?)の音声が流れているのはどう考えても意図的だし象徴的なんだけど、それに加えて最初の出かける前のシーンで聴こえてくるいくつかの音を加えて、この映画では機械の発する音がかなりうるさく感じられる気がした。ただし車だけは例外。
『ウェンディ&ルーシー』でもいくつかのシーンで感じたけど、ケリー・ライカートの映画はストレスを感じさせる場面での音のミックスにとても注意を払っている印象がある。
書くの忘れてた、終わり方なんか超かっこいい。



・『ミークス・カットオフ』

ケリー・ライカート『ミークス・カットオフ』を観たが凄まじい映画だった……。初っ端からマジで絵画的な美しさを感じる完璧なショットの連発で完全に釘付けにされた。ここまで完璧だと感じるショットが多いのって自分が観たのだとそれこそベルトルッチの『暗殺のオペラ』や『暗殺の森』とかじゃないかな。もちろん全然そこに宿る美しさの具合や拘りのあり方は違うだろうけど、なんというか決まり具合でそれを引き合いに出したくなるほどの衝撃があった。この人の作品今までの観た作品とはテーマとかで連続性はあるんだろうけど、表面的な絵作りの部分では正直こういう作品を出してくるイメージではなかったのでびっくりした……。私はアメリカの西部開拓の歴史に全くといっていいほど知識がないけど、完璧な映像にやられてそれについてとても調べたくなっている。素晴らしい映画だと思う。
映像だけではなく、音の面でも、まずは音楽がヴァイオリンというよりフィドルのいななきを想起させるハーモニクスの動きを含んだドローン的な音響で土っぽさと持続性や風向きの変化を演出していたりで素晴らしいのはもちろん、馬車のたてる物音などのハマり具合がとても気持ちいい。現場の臨場感どうこうというより、フォーリーがバチっとハマった気持ちよさがそこかしこにあって、それが映像に感じた「決まってる」具合との相乗でマジでいい。
写っているのはとにかく「移動」や「保留」といった何らかの過渡でしかないのだけど、それがラストも含めこうあるべきという確信を終始感じるかたちで撮られていることの味わいがなかなか他に記憶がないものでめちゃくちゃ気にいってしまった。最高……。
絵画に全然詳しくないのでもっといい例は他にあるだろうけど、自分は観ていてなんだかフェルメールの絵みたいだなと思うショットが多かった。けどちょっと調べてみたら光の感じとかはだいぶ違う気がするので服の色とかで連想しただけか?
フェルメールが荒地とか砂漠地帯書いたりしてないのかなと調べたらジャン=レオン・ジェロームの「水飲み場のラクダ」という絵を知った。なんか少し近いかも。
『ミークス・カットオフ』はアマゾンプライム会員特典で観れるので、観たことない人は是非観てください。私がここで書いてる魅力は冒頭5分だけで伝わります。



・『リバー・オブ・グラス』

ケリー・ライカート『リバー・オブ・グラス』を観た。こんな言い方もなんだがザ・インディー映画って感じで、他の作品観た後で観ると様々な意味で張り巡らされた脱臼感にあ〜なるほどこの人こういう作家だったのかと納得いくところも多かった。面白い。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の影響はいたるところで誰もが感じると思うけど、強盗シーンの要領悪さと斜めからくるそのシーンのケリのつけ具合に、『ブギーナイツ』のあの名シーンをめっちゃふやけさせたみたいな感触がありめちゃくちゃ笑ってしまった。
初っ端の追走から「あれ?銃は?」のとこのカットの切り替えから漂うなんともいえん間抜けさに始まり、このおじさん刑事が出てくるシーン全てにおかしな哀愁がありすごくいい。しかもドラム上手いし。
移動にも、線を踏み越えることにも失敗したことが救いにも失望にも感じられるトーンで描かれてるの、テキトーにやってるようでいてとても難しいのかも。ケリー・ライカートでこれを最初に見るかどうかで他作品の見え方も結構変わりそうな気がする。



以上四作を観て思うのは、全ての作品で(目的地が定かでなかったり、辿り着くのが困難な)「移動」がメインテーマとなっていながらも、個々の作品から感じる味わいは結構異なっているなということ。ただそれでいて、四つの作品全てにジャンル的な宙吊り感や、お約束に対するひねりがあること作家性を感じさせもします(最初に『リバー・オブ・グラス』を観ておくと、この辺が掴みやすいように思うのでおすすめします)。でもどれか一作だけとなると自分は『ミークス・カットオフ』かなあ。これはちょっと凄すぎた。

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