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アルバムレビュー - Carl Didur『Natural Feelings Vol I』

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カナダのマルチ楽器奏者Carl Didurによる2020年リリースのアルバム。彼は現在までに本作を含め計3作のアルバムをリリースしていますが、他の二作が民族音楽的な味付けなどもライトに施したインスト集(ちょっとしたB級映画のサントラみたいにも聴こえる感じ)だったのに対し、本作では自然からインスピレーションを受けて制作されたゆったりとしたニューエイジ・アンビエントといった趣の作風を披露しています。

彼はマルチ楽器奏者であり、本作以外のソロ作2つでは様々な楽器を演奏していますが、ライブ動画などを確認するとメインの演奏楽器は鍵盤であるようで、過去に関わってきたいくつものバンドでも鍵盤楽器でクレジットされていることが多いです(Zacht AutomaatFake Humansというバンドは現在も活動中)。

そして本作においてはマルチ楽器奏者としての側面は影を潜め、基本的に聴き取れる音はシンセのみであり、またその音色の種類も最低限の音のみとえるほど少なくなっています。

アルバムに収録された二遍はそれぞれ固有の自然の中での動きに触発されており、1曲目「Water Seeks」では小川の岩の上を水が通り過ぎる様や枝先で葉がひらひら揺れる様子を加速を持ったパターンを繰り返すことや位相変化を施すことで表現し、2曲目「Time Waits」では固定的なように見えてその実(溶けるという)徐々にではあるが劇的な変化を行っている氷のような様相を、短い即興演奏を間を置きながら何度も行うことで(おそらくはその中でのフィーリングの変化によって)表現しています。

自然からインスピレーションを受けることや何らかのかたちでその模倣として制作を行うことは、本作が分類されるアンビエントやニューエイジだけでなく、音に関するデジタル環境が広く普及して以降は特にサウンドアートやインスタレーションなどの領域で多く試みられており、そのインスピレーションの取り入れ方においてもアナログな手法での音の模倣に始まり、自然の中から採集された何らかのデータを音のパラメーターに当てはめていくような(あくまで例えですが、水が岩にぶつかった時の速度加速の曲線を音程や音量に反映させるなど)技術的に高度なものまで色々とありますが、本作においてのそれは頭の中で想像される対象の動きや変化を自分の持つ音楽的な語彙でどうにか描いて見せるような素朴なものであるように思います。特に1曲目は自然の動きを模倣する試みの開拓者の一人といえるであろうラヴェルの「水の戯れ」を想起させるような部分があり、そういう意味でも素朴という印象が強まります。

アナログな音の模倣とデータの反映は単純に相反するものではないとは思いますが、後者の採集したデータを音に置き換えるようなある種実証的な手法がそもそもコンピューターによって初めて可能になったもので、これから益々大きな規模のデータをより手軽かつ容易に扱えるようになっていくことは間違いないと思われる一方、本作のような素朴な想像力によってアウトプットされたものに関してはまだブラックボックス的側面が強いように思え、近年あらゆる分野で取り上げられる機会の多いAIの進歩はこういう人間の想像力が成す粗くいい加減なフィルターとしての働きもそのうちカバーできるのかできないのか……なんて思いが巡るところです。

話が本作そのものから逸れてしまいました。個人的に近年は先述したうちのデータ反映的な手法からは最早それのみでは新鮮さや驚きを感じられなくなっていて、そういったアプローチになんだか行き詰まりを感じたりもしていたので、本作の持つ自然に対する素朴な取り組み方、あくまで自身と音楽を結んでくれる一つの要素として上手く機能させている様子にはちょっと清々しさを感じてしまいました。

また本作は自然からのインスピレーションについての記述があるのと同時に、「2つのムードにおける瞑想的ミニマリズムのアルバム」とも表現されていて、たしかに2曲目の聴いていると意識がだんだんと心地よく霞んでいくような感覚はIngram Marshall『Fog Tropes / Gradual Requiem』やAlvin Curranの初期作品の中で感じられるような瞑想性に近いような印象を持ちます。自然からのインスピレーションがより上手く機能しているように感じられるのは1曲目のほうですが、瞑想的な音楽としては2曲目が秀でていいるように感じられ、自分は特に2曲目に惹かれました(こういう類の瞑想性は私が音楽に強く求めるものの一つです)。またこれは両曲に共通していえることですが、音色がとてもいいんですよねこの作品。特別風変りなサウンドではないんですが、表現したいことと音色の特性がぴったりと合致しているという意味で、素晴らしいです。

本作は「Vol I」と題されているので、続編もあるのかな(?) あってほしいですね。ダラダラと書いてますが、単純に安らげる音楽としてとてもおすすめできるものなので、是非気軽に聴いてみてください。サブスクでも聴けますし、bandcampではNYPになっているので無料で落とすこともできます。


*データ反映的な手法に行き詰まり感を感じると書きましたが、一方で最近出たこういうガジェットにはちょっと興味を引かれたりもしています。こういった試みに対して面白さが発生する要因として、自分でデータを採集するって行為によるところはかなり大きいのかもしれませんね。


あと一応他のソロ作品2つのリンクも貼っておきます。後者は『Natural Feelings Vol I』と同時リリースで、様々な楽器を全て自身で演奏しています。またそこでインスピレーション源として挙げられているアーティストの取り合わせも興味深いです。内容もなかなかいいですよ。


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