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アルバムレビュー - Orphax『Live Circles』

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Spotify / Apple Music

元々はドラマーとして訓練を受け、90年代初頭に電子音楽に触れてからはその分野での制作にも踏み出し、2008年からは実験的な電子音楽をメインにリリースするMoving Furniture Recordsを立ち上げ活動を続けているアムステルダムを拠点とするアーティストOrphaxの作品。本作も自身が運営するMoving Furniture Recordsからのリリース。

彼の作品では最小限の音要素、ドローン、倍音、即興性が重要なタームとして挙げられており、これらの要素はEliane Radigue,、Phill Niblock、 Catherine Christer Hennix、インドやチベットの古典音楽やクラシック音楽などの影響を昇華することで導き出されているようです。

「Circles」はそんな彼が数年前から様々な場面で演奏している作品で、リスナーが時間と空間の感覚を失うようなサウンド環境を作成することを目的としています。また、この作品には始まりと終わりがなく、長い期間に渡って内容が変わり続けていくとも記されています。

様々な時と場所で行われてきた演奏の中から、本作にはロンドンとバーミンガムで行われた2つの公演の録音をミックスしたものが収められています。この2つの公演で「Circles」はARP Odyssey、MFOS WSG/01シンセサイザー、AudioMulchで作成された「Circles」演奏用のパッチを用いて演奏されています。

内容は非常に真摯なドローン作品といった印象で、全編約36分を通して基音は変わらずC(オクターブ違いの発音や複数の音色のレイヤーはあり)で、変調により発生する様々な倍音の移ろいや差異によって音楽的な変化や推進力が生み出されています。音色自体はそこまで奇異なものはなく、どれも基音はしっかり判定できる状態を保っているように思います。おそらく簡素なFMとローパスフィルターで音作りのほとんどが済んでるみたいな感じではないかと。

詳しい記述がないのであくまで推測になってしまいますが、「Circles」というタイトルからおそらくこの作品は何らかの面で循環的な構造を有していて(故に始まりも終わりもない)、そこで用いられる要素の時間や空間上の配置に即興に任せられた部分が多く存在する(内容の可変性の担保)のではないかなと。

音を聴いたうえでより突っ込んで推測してみるなら、複数の音色の出入りのタイミングと音量の推移にある程度の法則性がある、具体的には3分やその半分の90秒といった単位で音色の出入りや変調の具合のカーブがデザインされているのではないかと想像します。

印象的なアートワークを借りてかなり単純化したかたちで想像を膨らませてみるなら、描かれている円の一つ一つが個別の音色で、時間とパラメータの推移がデザインされたそれらが一定の感覚で重なり消えていく……といったような構造が読み取れるように思いますし、それが生み出す規則的な起伏の美しさも音に表れているように感じます。

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*これがそのまま当てはまるほど単純な作品ではないと思いますが、少なくとも3分(もしくは4分30秒や6分)といった単位で前面に出てくる音色の移り変わりが起こることを意識すると、本作の音色の変容の波を数段掴みやすくなることは確かだと思います。(しかしこれを意識すると本作が指向する“時間と空間の感覚を失う”ような状態ではなく、時間の経過がかなりはっきりと掴めるようになってしまう気もしますが…)

しかしながら本作はそういった規則的な起伏、構造の整合性からくる美しさと同時に即興的な揺らぎも有しているような感触もあります。これは更に直感的な推測になってしまいますが、パラメーターの操作に即興に任せられた部分があるのか、またはAudioMulchのパッチ上の設定なのか、もしくはアナログ機材の不安定性か、とにかく何らかのかたちで可変領域が確保されていて、それが本作をデータを音に移し替えたような硬派なサウンド・アート/音響作品としてでなく、語弊を恐れず言えばポップにすら感じられる音楽的なドローン作品たらしめているのではないかなと。

本作はいわゆる12音で形作られる和音とは異なる、基音とそれに連なる倍音というパースペクティブによって描かれる典型的で純度の高いドローン・ミュージックですが、その洗練された構造と、(多くのドローンの古典的名作を名作たらしめている要素でもある)揺らぎの結びつきによってこういった作品の中でもポップな求心力を備えたものであるように感じました。記事の最初のほうで挙げた多数のドローン・ミュージックのレジェンドに興味のある方はもちろん、こういった音楽に馴染みのない方にも最初の一枚として手に取るのに非常にいいのではないかと思います。


また本作には、おそらく同じライブ録音からの素材をトータル20分とやや短めの尺にまとめたリミックス版が存在しています。こちらも成り立ちは同じで基音や音の起伏などは通じますが、表れる音色は本編に使われていないものも入っているように思いますし、同じような音色が聴こえる箇所でもレイヤーを変えてあるので、2つを交互に聴いたりすると倍音が音の認識に与えうる影響力みたいなところで面白い感覚が得られるんじゃないかと思います(違うんだけど同じに聴こえる…またはその逆?みたいな経験ができると思います)。そしてその領域に入ると、たしかに今自分の聴いている音の存在が揺らぎ時間を見失うような感覚にもなります。



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