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アルバムレビュー - Yu Miyashita『Collaged Improvisation In Digital I, II, III / Collaged Improvisation In Digital IV, V, VI』

*この記事はYu Miyashitaさんより作品の所感を知りたいとの提案を受けて書いたものです。ただし執筆料は受け取らず、内容についても一切の干渉なく書いているため、PR的な意図や企画性はありません。


Yaporigami名義の活動でも知られるベルリン在住の日本人アーティストYu Miyashitaによる2020年リリースの作品。リリースは自身が運営するレーベル〈The Collection Artaud〉から。

ブレイクコア~グリッチ、インダストリアル・テクノ~IDMと作品のテイストを変えつつ基本的にはビートを中心とした音楽を発表するYaporigami名義に対して、本名名義の作品ではビートが打たれることはなく、様々なプロセスで生み出されたサウンドを編集で重ね合わせていくことで切り替えや速度感の変化を持った音の濁流を構築する、ノイズ寄りの電子音響がメインになっています。


本作『Collaged Improvisation In Digital I, II, III / Collaged Improvisation In Digital IV, V, VI』も作風はその流れにあるといえるのですが、これまでのYu Miyashita名義のアルバムで暴走するノイズの動きに陰影やトーンの変化をつけるように効果的に用いられていたハーモニックなドローン、サンプリングされた優美な器楽の断片などは表れず、ノイズ的性質を強く持ったサウンドのみで構成されるいわばトーンの絞られた作品になっています。

本作はタイトルにも表れているようにデジタル環境でのコラージュ・インプロヴィゼーションによって制作されていると思うのですが、おそらく先述したような作中で表れるサウンド、そしてそれらが重なり合う際の密度などの面での傾向の違いはこの手法によって必然的に生まれたものであるように思います。これまでのYu Miyashita作品では空間をくまなく埋めることを指向した音の詰め方であったり、細かな音の変化や置き換え、そして複数のサウンドを同時に書き換えることで生み出される突如として別空間に飛ばされるようなドラスティックな効果など、おそらく地道な編集作業によって生み出されていた精緻な音構成と、その精緻さがもたらす(ある種作業中の偏った脳の酷使具合を想像させるような)ドメスティックさ/息苦しさが大きな魅力になっていたように思いますが、本作ではこういった方向性での進化は指向されておらず、空間的な隙間を感じられる時間もありますし、音の抜き挿しもミリセカンド単位で調整された偏執的なものではなく、(言葉にしにくいのですが)いい意味でアバウトというかあそび(slack)を持ったものであるように感じます。


デジタル環境で即興演奏を行う場合、大雑把に分けると2つのやり方があるのかなと私は思っていて、1つは演奏者の指向性(個性)が反映された音が生み出されるシステムを予め作っておくタイプ、そしてもう1つはそのシステムをリアルタイムに組み上げるタイプ(ライブコーディングなどのパフォーマンス)です。前者においては演奏前のシステム構築の段階で即興性を発揮できる範囲などを予め規定する必要があるのに対し、後者はそれをその場で正しく即興的に決定し反映していけるのが長所であるかなと。で、本作はこの2つの分類であれば前者に入るように自分は思うので、以下はその前提で前者においての演奏のあり方や本作の価値について書きます(ライブコーディング的な演奏については詳しくないので深入りできません)。

デジタル環境で予めシステムを組んで即興演奏をする場合、例えば想像される最もプリミティブなかたちというのは音に関するあらゆる要素(発音のタイミングや音数、音量、音色やその変化など)がランダムに決定されるというものだと思うのですが、これだとすべてがランダムであるが故に個人の演奏として受容され得ないように思えます。つまりデジタル環境で演奏をするにはこのプリミティブな地点からランダム性が及ぶ範囲を絞っていく必要があり、その絞り込み方が個性になります。この絞り込み方にはもちろん無数のパターンが考えられます。あくまで例えですが音数は別々のキー(A~E)に割り当てられた最大5つ、発音タイミングはキーを押すことにより音がトリガーされるようにして任意、キーAでは特定の音サンプルに予め選ばれた複数のエフェクト(かかり具合を発音信号を受ける度にランダマイズ)がかかった音が発音される、キーBではシンセサイザーによって予め指定されたモードに則った和音が発せられる、キーCでは~、キーDでは~みたいな感じです(ちなみにだいたいそういう感じで私が演奏したのがこれです)。


Yu Miyashita『Collaged Improvisation In Digital I, II, III / Collaged Improvisation In Digital IV, V, VI』ではこの絞り込みが入念に行われている印象で、それはYu Miyashitaの作品として発表し得る音楽を成すために必要な最小単位を探るような方向性で、いわば自らの音に対する嗜好との対峙として行われているように感じます。そしてその結果としてハーモニックなドローンや器楽のサンプルはそぎ落とされ、本名名義での音楽の核となっているノイズ的性質を強く持ったサウンドのみが現れるという状態が作られたのではないかと(ただいくら最小単位とはいえ、そこで焦点が当てられるのはノイズという「規定され得なさ」を持った音の在り方なので、実際発されるサウンドは一つ一つ異なり多様です)。

実際の演奏は音から推測するに発音のタイミングは任意に感じられるほか、音のカットも非常に見事な切り替えになっているところがあるので任意に操作できるミュートスイッチなどがあるのかもしれません。発される音の中にはPC内部で即時生成された電子音の他に(例えば過去の演奏の断片などの)音サンプルを変調しているように聴こえるものもあるため、この面を指して「コラージュ」と題されているのかなと思います。また本作ではこれまでの作品に比べて演奏中での音のダイナミクスというか、発音(されるトラック)ごとの音量差がかなりあるのですが、一つ一つの音(トラック)自体はアコースティック楽器のようなダイナミクスの豊かさは持たず、極端な表現をするなら大小の海苔波形が並べられているような感じで、このようなダイナミクスの在り方にも作者の音に対する嗜好(例えばこちらのインタビューで語っている「ノイズはラウドネス・レベルが高い状態がデフォルトで、その変化を楽しむ音楽」という視点)が反映されているように思います。

本作は先述したデジタル環境での即興演奏の分類であれば前者にきっちり収まるものに思えるのでその枠組み自体を超えていくような革新性は感じませんし、また前者の中でこれまでになかった方法が試みられているようにも(音を聴く限りでは)思いませんが、デジタル環境での即興演奏というものを自身の作家性と密に対峙する手段として用い、そしてその真摯さが演奏の強度となっている作品として高い価値を感じさせるものでした。私自身、先の分類でいう前者の方向性での即興演奏は度々試みてはいるのですが、本作にはその可能性と限界を知らされた気分です。

(限界というのは特に演奏時間の面で感じられ、本作は10分程度の演奏2編と短い収録時間になっています。これは用いる音色の面で絞り込みが行われているという点を考慮してもこれ以上長くなると退屈になるギリギリのラインに感じますし、用いる音色を拡張しても多少長くできる程度ではないかと思います。この点は自分で試作したりする点でも常々感じていた限界点なので、本作の収録時間はとても納得がいくものであると同時に自分の認識をひっくり返してくれるものではなかったです)


以下は資料や過去作について

本記事を書くにあたり調べている中で見つけたインタビュー記事。実際の制作の方法についても述べられていてとても面白いです。

Yu Miyashita名義での過去作はアルバムだと今までに4作リリースされているようです。どれも傑作といえる出来で甲乙つけがたいですが、一つ選ぶなら『Navy See Res in Brighton』かな。


Yaporigami名義では今のところこれが一番好きです。


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