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ジャズへのシンパシーを感じさせる2019年のエレクトロニック・ミュージック5選

2019年の音楽を振り返った時に自分の中にすぐ浮かんでくる印象のひとつが「電子音楽の側からジャズへのシンパシーを感じさせる作品が多かったな」というものでした。まあ冷静に思い出してみたらそういう作品の数自体は特別多かったわけではなく、クオリティの面で強く印象に残るものがいくつかあったというほうが正確だったのですが、しかしそれ故にそれらの作品は他人にも強くおすすめできるものだと思い、まとめた記事を書くことにしました。

これらの作品は例えばサブスクリプション・サービスのジャンルの区分けだと〈エレクトロニック〉に分類されてしまって、〈ジャズ〉のジャンルをチェックしている人には届いていない可能性が高いのではと思うので、そういう方に是非とも一聴していただきたいです。

私がそれぞれの作品のどこにどのようにジャズへの眼差しを感じたかについては各作品の感想に書いていますので、ちょっとした参考にでもしていただければ幸いです。ではどうぞ。


・Lifted『2』

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Spotify / Apple Music

Max D、Motion Graphics、Co Laによるユニットの2作目。メンバー個々の作品はあまりしっかり聴いたことがなく(強いて挙げるならCo La『No No』は好き)、ユニットの前作『1』も恥ずかしながらこれが出た時点では未聴でした。なかなか特定のジャンルにきっちり収まってくれない音楽ですが、何か挙げるならアンビエント・フュージョンというのが最も適切か…。それに加えメンバーが個々の作品で聴かせるレフトフィールド・ハウス由来なちょっと奇抜かつキャッチーな音色の多様と、それぞれが奔放に音を発し合っているようなシンセ・ジャム的フィーリングが強く出ているのが特徴かなと思います。前作『1』では特定のリズムパターンが楽曲の進行をリードし、そこからの逸脱がアクセントとなる作風が多い印象でしたが、今作では楽曲の骨格となるリズムなりフレーズなりが最初からより分解/断片化されたかたちで鳴らされることが多く、抽象性が増していると感じました。ゲスト奏者の参加も多く、特に管楽器が入る②、⑤、⑥辺りは直接的にジャズな聴き心地があります。また他の曲でも即興的に発せられるフレーズの背景として曲やリズムパターンが機能している感触があって、こういった成り立ちはジャズ的といえるかなと。ただし演奏の中で個々が発するフレーズの間には例えばソロと伴奏のようなわかりやすい関係性に収まることはあまりなく、かといって緻密に練り上げられた対等なアンサンブルみたいな感じでもなく、緩い連帯のような塩梅でずっと漂っているのがとても面白いところです(“フローティング”って形容がよく似合う音楽だなと思います)。シンセ奏者の割合が多いためかフレーズを奏でるというより飛び道具的な音色が演奏に介入してくることも多く、特に①や②ではそれがとても効果的に活かされ、アコースティックな楽器演奏では生み出すことが難しい継ぎ接ぎアンサンブル感が生まれてるのも楽しい。


・Georgia『Immute』

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ニューヨークのチャイナタウンを拠点に活動するBrian CloseとJustin Trippによる多作なユニットGeorgiaの作品。ベルや木琴、鉄琴などを思わせる柔らかい音色のパーカッションと割とトリッキーな音色も織り込んでくる電子音の絡みが印象的なニューエイジ・アンビエントな一作。音色の傾向だったり、一つのモードで完結する楽曲が多いことからは民族音楽を参照としていることが伺えるため、例えばバップ期に確立された和音進行の跳躍運動で音楽を駆動させていくようなタイプのジャズとはかなり距離のある音楽にも思いますが、アンビエントとしての機能性を持ったフュージョンの現在形と捉えると割とジャズとの繋がりも見出せるのではと思います(フュージョンには全然詳しくないためあまり自信はありませんが…)。継ぎ接ぎ感が生むスリリングさこそないですが、前掲のLifted『2』と通じるフィーリングもあるので、続けて聴くのもいいと思います。電子音のテクスチャーがかっこいい②がお気に入り。


・Grischa Lichtenberger『re: phgrp (Reworking »Consequences« by Philipp Gropper's Philm)』

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ベルリンを拠点とするエレクトロニック・ミュージシャンGrischa Lichtenbergerの作品。グリッチ・エレクトロニカ~IDMの流れを現在形で体現するようなアーティストで、これまでにもいくつも傑作をリリースしていますが、本作はPhilipp Gropper's Philmの2019年作『Consequences』のリワークというコンセプトであるためエレクトロニックだけでなくジャズ・リスナーにも大きくアピールし得る一作です。本作でリワークというかたちで直接的な関りを持つ以前から、彼の音楽には傾斜がカクカクと変わるような躓き感のあるリズムと、コントロールされたモタりによるタメの効いたグルーヴが接合されたような独特なタイム感があり(Autechreと比較された文章もよく目にしました)、グルーヴ・ミュージックとしてのジャズとは相性がいいように思っていたのですが、今回素材として取り上げているPhilipp Gropper's Philmは一定のグルーヴに留まる時間はほとんどないフリー寄りの音楽性であるため、結果的になかなか一筋縄ではいかない感じのアルバムに仕上がっています。素材から短いフレーズを抜き出しループさせ、そのグルーヴを元に他の素材やサウンドを貼り合わせていくという手法も見出せなくはないのですが、元の音源との関りが上手く掴めないトラックも多く、Grischaの独自性がかなり強く出ている印象。個人的に彼の音楽で最も惹かれる部分である、グラニュライズ系(?)の過激なエフェクトから生まれるスクラッチのような効果をビートの中に巧みに織り込み癖になるグルーヴを発生させる②や、フレーズの繰り返しから生まれる切迫感が印象的な⑧辺りはキラートラック。インダストリアルなアタック感のある音の反復がかっこいい①、③もお気に入り。彼の作品ではこれまで2015年作の『La Demeure; Il Y A Péril En La Demeure』が最も好きで、その理由はアルバムのトータルタイムが短く個々のトラックが小気味よく流れていく心地よさがあるからって感じだったのですが、本作はトータルタイムはそれと同じく彼の作中では短めであるものの作品全体から“歪さ”みたいなものが強く感じられるの大きな魅力だと思います。

Grischaで一番好きな曲、めっちゃかっこいいのでついでに聴いてみてください。


・Ecker & Meulyzer『Carbon』

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ベルギー出身で現在はベルリンを拠点に活動する電子音楽家Koenraad Eckerと、ジャズやサイケデリックロックのバンドなどで活動するベルギーの打楽器奏者Frederik Meulyzerの共演作。この2人はこれまでにStray Dogsというデュオユニットでの活動歴があってアルバムも何枚か出してるんですが、本作ではなぜか名義が変わってます(検索しにくいから?)。音楽性はStray Dogsからストレートに地続きな感じで、Eckerの発する不穏な電子音とMeulyzerのアブストラクトすぎない反復性のあるドラムの絡みからダークな世界観というか何かの映画の中での儀式の場面が想起されるような、情景描写的な音楽となっています。Meulyzerのドラムはめちゃくちゃ込み入ったパターンを叩くというわけではないんですが、ポリリズムの折り込み方がいい感じに効いてるパターンが多くてそれに加えて強弱の付け方が巧みなのか同じパターンをずっと叩いていても印象が平坦にならない感じがすごくいい。また音楽性はStray Dogsから地続きと書きましたが、本作では打楽器の録音の質感と電子音のリバーブのニュアンスから生まれる空間イメージがすごく魅力的で、この点が作品の完成度を数段上げてるように感じます。人気のない広い地下空間を思わせるような冷たい空気感と、鼓動や足を踏み鳴らす音のようにも聴こえるリズムによって、ダンスというよりも舞踏と表現したくなるような妖しくヒプノティックなイメージがバキッと仕上がってて本当にかっこいい。広い空間で強固なシステムで鳴らしてみたいと思わせるサウンドという意味では近年のRafiq Bhatia『Breaking English』やJeremiah Cymerman『Decay of the Angel』などと近いものも感じました(音楽性はそれぞれ違います)。


・Vilod『The Clouds Know』

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テクノやエレクトニック・ミュージックが好きな人なら名前くらいは聞いたことあるでしょうという大御所2人Ricardo VillalobosとMax LoderbauerによるユニットVilodの2作目。このユニット名を関してからは2作目ですがそれ以前から共演はしてて作品もリリースしています(ECMの音源を用いて制作した『Re: ECM』、リリース時結構話題になりました)。『Re: ECM』にしても前作『Safe In Harbour』にしても、この2人が組むんだから当然のごとくテクノ的なフレームは(多くはキックやベースの部分で)しっかりあるうえでジャズの音源の再構築やリズム的な役割に捉われない生演奏の混入が行われている印象でしたが、今作ではそのフレームが(なくはないのですが)かなり緩くなってる印象を持ちました。特に②や⑤辺りで聴くことができるジャズドラム(ブラシによるスネアやシンバルの演奏)のサウンドが、テクノ的なきっちりとした反復感を感じさせない、いい意味でラフな揺らぎやタイム感を持ったものなのがその印象を強めているように思います。生ドラムのサウンドは前作でも用いられていましたが、それは一緒に鳴らされる打ち込みによるドラム系のサウンドと噛み合ってテクノ的な構造にしっかり埋め込まれている感じだったので、この変化が今作の一番面白いところかなと。ところでこのドラムは誰が叩いてるんでしょうね?メンバーの2人にドラムを叩いてるイメージはないのでゲスト奏者が誰かいるのか、サンプリングなのか…前作にもドラムの音は入っていたので合わせて調べてみたのですがよくわからず。Loderbauerとよく共演しているスイスのドラマーSamuel Rohrer辺りが叩いててもおかしくなさそうですが。あと今作は音の質感が今までとかなり違うのも耳を引きます。Max Loderbauerの近年の参加作は一聴してすぐわかるような特徴的な音色や質感があるんですが、本作のわかりやすくザラついた音の仕上がりはそれと離れたものだったので最初聴いた時はLoderbauerが参加しているとは思いませんでした。そういった質感も相まって、打楽器類と声にコラージュ的な電子音や変調されたサンプルが絡む⑦なんかはどことなくAlvin Curranの初期作品を思わせる雰囲気あります。


最後に、逆に〈ジャズ〉のジャンルに分類されているもので〈エレクトロニック〉が好きな人に聴いてみてほしい作品をいくつか貼っておきます。

・Anton Eger『Æ

・Contrast Trio『Music For Luminale IM

・Steve Lehman Trio + Craig Taborn『The People I Love


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