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ま け い ぬ ─ 負 犬 ─

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養老まにあっくすエッセイ集③
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#書評ブログ

読書できない現代人の「プチうつ病」

【書評】『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆=著/集英社新書 𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  本を読むために会社を辞めた。そう著者は言う。  よっぽど本が好きなんだな。しかし、何も仕事まで辞めなくたっていいじゃないか。そう思うかもしれない。でも、本がたくさん買いたくて就職したのに、働き始めたら本が読めなくなってしまった。これでは本末転倒である。それで考えた結果、著者は仕事を辞めた。  本書が売れているのは、この「働いていると本が読めない」というのが、どうも他人

見えない貧困

【書評】『東京貧困女子。──彼女たちはなぜ躓いたのか』中村淳彦=著/東洋経済新聞社 𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  薄々知ってはいたが、いざ直視するとつらかった。心をえぐられるような話だ。著者はいわゆる「カラダを売る」ことを職業とする女性たちを20年以上にわたって取材してきたライターである。その著者が、2011年ごろからある異変に気づき始めた。それは、学費が払えなかったり、奨学金という名の借金を返済するために、望まぬ形で身売りする女性が目立ってきたことである。  「あなた

資本主義の黄昏

【書評】『人新世の「資本論」』斎藤幸平=著/集英社新書 𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  これは、ハンス=クリストフ・ビンスヴァンガーという経済学者が書いた本の中で紹介されているエピソードを、私がアレンジしたものである。このアレゴリーは、まさに現在世界で起こっている問題の縮図そのものである。  なぜこの寓話を紹介したかといえば、「人新世」という、人によっては聞き慣れない用語を説明するのに、ちょうどいいと思ったからである。これは、ヒトの経済活動が地球に与える影響があまりに大き

新自由主義

【書評】『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』若林正恭=著/文春文庫 𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  私はいつも、自分が場違いなところにいるような気がしていた。どこにいても、借りてきた猫のような気分だった。隅っこの方に身を潜めて、なるべく目立たないように気配を消して、誰かが僕に気づいて声を掛け、視線がこちらに集まっても、気の利いた一言で場を湧かせられるように身構えていた。  「お前はここに相応しい人間か?」いつからだろう、そんな声が耳の奥で聞こえるようになったのは。

唯脳論からAI論へ

【書評】『AIの壁──人間の知性を問いなおす』養老孟司=著/PHP新書 𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  コロナが流行する前の講演で、「『遺言2.0』はいつ出ますか?」という質問に対して、先生は「それはわからないが、AIについては書きたいと思っている」とおっしゃっていた。本書は対談の形式をとってはいるものの、ある意味ではこの問題に関する先生なりの総論だと言えなくもない。  いまから三十一年前、先生は『唯脳論』という本を書き、そのエピローグで「脳化社会」というキーワードを提示