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役員賠償責任保険(D&O保険)の要否

今日、社会福祉法人経営者の交流会において、役員賠償責任保険(D&O保険)が話題になりました。そこで、このことについて自分の考えを整理してみます。

まず自分自身は、法人の負担で役員賠償責任保険に入って貰っています。入れるなら入った方がいい。しかし必要性が高いわけではないので、財政が厳しいなら無理に入らなくても良いというのが自分の考えです。以下、その理由です。

保険商品に詳しくはないのでここは推測ですが、役員賠償責任保険が出てきたのは、過労死事件などで原告が会社(法人)のみを被告とするのではなく、会社(法人)とともに代表者その他取締役も同時に訴える流れができてきたからではないかと思っています。
保育園や幼稚園などの事故でも同様で、近時は法人のみならず担任、園長、理事長に対しても一緒に損害賠償請求することがむしろ通常かもしれません。そして訴訟で園側の責任が認められた場合、職員や役員が連帯責任を負わされるケースがままあります。
ただし、賠償の第一義的責任を負うのは法人です。裁判所が命じた賠償額の回収実効性を確保する観点からも、訴える側はまず法人を訴えます。その上で訴訟戦略に応じて、他の職員や役員を被告に追加するのです。したがって事故を原因とする損害賠償ケースで、法人を横に置いて職員や役員のみが訴えられるということはあまり考えられません。したがって、職員や役員も一緒に訴えられて連帯責任が認められたとしても、実際には法人が加入している施設賠償責任保険から賠償金は全額支払われるのです。そのため、個々の職員が賠償金を負担することは、事実上あまり考えられません。

【参考】大阪府社協が紹介している施設賠償責任保険https://www.osakafusyakyo.or.jp/hoken/child-facilities/pdf/2022/plan1.pdf

職員・役員と法人の利害が必ずしも一致するとは限りません。保育事故ケースで法人と一緒に訴えられたとき、法人とは別に自分だけの弁護士代理人を依頼したいならば、その弁護士費用を一部負担してくれるD&O保険に入っておいた方が良いでしょう。しかし自分が今まで見てきた保育事故の裁判例ではいずれも、被告側は全員一緒に同じ弁護士に依頼していました。多くの場合、事故訴訟ではそれが現実的だと思います。

株式会社その他営利法人では、かなり事情が違います。会社が第三者に対して賠償責任を負い、その責任を履行した場合、株主から役員に対してその責任を追及することがあり得るからです。賠償保険が功を奏して会社に実損が生じていなければ、やはり役員が金銭賠償責任を負うことはないかもしれません。が、事故が大きく報じられて会社の価値が減損すれば、株主からその損害を賠償せよと訴えられるかもしれません。会社役員は会社に対しても賠償責任を負う可能性を常に背負っているので、役員賠償責任保険に入っておくべき必要性は高いと思います。
これに対し社会福祉法人には、社団であれ財団であれ、株主のような存在はありません。評議員会は株主総会類似の監督機能は持っていますが、出資をしているわけではないので、法人の評判が下がったところで株主と異なり個々の評議員が損をすることはありません。この点でも、法人の責任から独立して理事などの役員が独自の賠償責任を負う場面は、社会福祉法人ではあまり考えられないのです。

以上のように、法人が加入している施設賠償責任保険でカバーされないケースというのは殆ど考えられません。役員賠償責任保険が実質的に効果を持つのは、何らかの事情があって原告が法人を訴えずに役員だけを相手に訴訟してきたとか、当該ケースの対応方針などを巡って法人内主流派と役員個人が対立してそれぞれ別の弁護士に依頼する必要が出てきたなど、かなりレアなケースだけでしょう。そういった場面も考えられなくはないし、いま國本が思いついていないだけで不測の事態が発生する可能性もあるので、入ることができるなら安心材料として役員賠償責任保険にも加入しておいた方が良いとは思います。しかし繰り返しますが、社会福祉法人においてD&O保険が実効性を持つ場面は極めて限定的です。年間保険料もけっして安くはないので、その費用と効果が見合うかどうかは各法人の判断です。

以上

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