BlackLivesMatter運動、ベルリンで生きるアジアンとして思うこと (マイノリティとムスリム編)

1. BlackLivesMatter運動から

アメリカミネソタ州で発生した、警官によるアフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイドさん殺害動画に端を発したBlackLivesMatterの動きがものすごいことになっています。イギリスやここベルリンでも共感デモが起こり始め、SNSでも黒い画面の発信などで非常に大きな広がりを見せています。

私もAvaazの署名をしましたが、そのメールにジョージさんが首を締め付けられて亡くなるまでの8分46秒間に発した言葉のすべてが記述されており、読んでいて胸が締め付けられ息ができないような疑似体験をしてしまうほどの強度を放っていました。同じ無機的文字情報なのに、ここまで生々しい力を放つとは衝撃的体験でした。

私自身はNYに短期で2回渡航、アフリカ系の親しい友人はいませんが小さい頃からの憧れの土地がアフリカ大陸という程度の親近感は持っています。ただ今回の件を前に自分なりの誠実さで正対するには、黒人対白人というより人間に潜む全差別意識に拡張して捉える必要があるくらいの距離感があるのは正直なところです。きっと日本に住む日本人の皆さんも程度の差はあれそうではないかと想像します。

ということで、自分への落とし込みとしてベルリンに住むマイノリティである私が感じること、どうしたら差別の少ない社会や意識を持つことができるんだろうというところを具体例と共に脈絡なく書いてみようと思います。

2. マイノリティ寛容シティ、ベルリン (アーティストver.)

大事な前提共有ですが、ベルリンはドイツにあってドイツでないとドイツ人が認めるほど(ドイツ多!)特殊な街です。私の個人的認識では、ベルリンはマイノリティが世界一住みやすい街です。

職業の話になりますが、私みたいなフリーランスのダンス作品振付家なんて世界中どこ行っても基本はお金巡りの悪いスーパーマイノリティです。ドイツでもです。

それでもアーティストの街ベルリンは、宿命的にマイノリティであり続けるアーティストが世界中から多数集まることで強いエネルギーを放つ街であるため、日本で受けるようないつまでも何やってるかよくわからない人みたいな受け止め方はほとんどされません。ここではアーティストの存在意義と人権が守られていると肌で感じます。ただもちろん、それ趣味なの食ってるの?的な質問(これも立派な無邪気差別と私は思いますが)を投げてくる人もいます。要は率の問題です。

3.マイノリティ寛容シティ、ベルリン(LGBTQver.)

LGBTQの人たちも多く、ゲイやレズビアンカップルも街中で堂々とデートします。私は19歳からゲイの先輩や同僚と仕事をしていたため、心優しく繊細な人の多いゲイの人たちに対する差別意識は別段ありませんでしたが、移住初年度に夫の女性同僚に会ったとき、彼女からこちら妻ですと女性を紹介されたときはさすがに一瞬うろたえました。が、意外と周りが普通だとあ、そういうものなんだと流れ込むように受容できるものです。

私はベルリンの戸籍役所で結婚しましたがそこの案内パンフにゲイカップルバージョンが置いてあったのも印象的でした。ファミリー向け雑誌には少年同士のキス写真をバーンと載せてゲイの少年たちの特集やインタビューなどがあったりするのもベルリンらしいなと感じました。また、女性男性中性名詞のあるドイツ語では、人々の複数系を書く際LGBTQを含意させるためにアスタリスクマーク*をつけたりします。性別も男女の他にDiverse(多様)という言葉を最近よく耳にします。

こういう事例を見ると、人々の意識が変わるのを待つより先に既成事実としてシステムに組み込んでしまうのは荒療治にもなりかねないけれど一定の効果があるような気がしています。

4. ベルリンにおける人種差別 (ムスリム編)

ベルリンにはものすごい多種多様な国籍と人種の人々が住んでます。こないだは公園で初めてカザフスタン人ファミリーと遭遇。市民学校のドイツ語クラスの半数はシリア難民の人々だったし、EU、北南米、トルコ、中東、アフリカ、ロシア、アジア、とにかく多人種多国籍、しかも2世3世は混ざりまくっています。

例えばスリに気を付けましょうの駅ポスターが11言語に訳されていたり。ちなみにこういうときに日本語が登場することはほぼありません。(ベルリンは日本人観光客にあまり人気がないようです)

ここドイツで今現在最も深刻な差別はムスリムに対してのものです。2015年の難民80万人超流入の際から深刻化した模様。この問題は非常に繊細かつ複雑で私の手には全く負えませんが、私の住むアパートの階下にはイラクとシリアの難民ファミリーが住んでいます。彼らの生活を垣間見るだけでもドイツ社会と移民難民の分断の根の深さを感じてしまうのも事実です。

私の勝手な見解ですが、イスラム諸国の出身者たちは大きく分けて3種類いるような気がします。

1.リベラルムスリム (2世、3世でヒジャブをつけず女性も仕事したり知的かつ活動的でパッと見ではムスリムとわからない)

2.伝統的ムスリム (古きよきイスラムの教えに基づいて慎ましく生活してるグループ。うちのご近所さん)

3.原理主義 (ISやヒズボラ、その他過激派)

ほとんど実害あって困るのは3のごく一部の過激派だけなはずですが、例えば2のグループも、一夫多妻で女は家事と育児で家に押し込められてる様子はリベラルドイツ人には我慢ならない人も多数いるわけです。そして何も問題ないように見える1のグループですら、長い人生の中でマイナー差別や無邪気差別に遭遇することはきっとあることでしょう。

日本人の私にはわからないことが多いけど、そもそもイスラム教とキリスト教は同じセム一神教から派生していて同族嫌悪的なものが当初はあったろうし、十字軍など歴史的対立を見てももはや今に始まったものじゃない。

ただ例えば近年のドイツの出生率上昇の大きな要因は彼らムスリムです。彼らの多くは5人とか10人とか子どもがいたりします。最近の男の子の人気名付けナンバーワンがモハメッドだったとか。みんな大好きクリスマスマーケットも、クリスマスというネーミングは宗教的均衡を保てないからウィンターマーケットという名称にしようとかいう論争まであるらしい。

どちらかというとメディアが煽りたがるテロの脅威や過激派よりも、こういったリアルな日常に彼らの存在感が増していく中でドイツ的なるものが変容してしまうという危機感に、近年の極右政党の伸長や差別意識が醸成されているのだろうと考えています。(ただ現在は幸いなことに?コロナで見えにくくなっています)

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