そのときわたしたちは

最近いろいろな方の素敵な文章を読むようになって、自分の体験したことを書き残しておきたくなりました。

コロナの始まりの時の記憶です。

日本では今でも憎悪の対象で、様々な誤解や憶測が飛び交っている、そんな場所で暮らしている私たちの思い出を、よかったらのぞいていってください。

めっきり記憶力の落ちた人間の、うろ覚えの箇所が多々あるものですので、正式に発表されているニュースや事実とされているところと異なることが多いと思います。

そんな風に感じた人もいるのね、くらいの気持ちで読んでいただけたらありがたいです。

ではでは。



初めにその異変?違和感に気がついたのは、2019年11月のことだったと思う。

ネットニュースで流れてきた一つの記事。

「北京で肺ペストで2人死亡」

肺ペストなんてもう絶滅したはずなのに突然何故?という感じの記事だった。ふーんそうなんだ、怖いわねえ、などと思ったことを覚えている。夫は北京にもよく出張で行くのでこの話をして、気をつけてね、変なところに行ったりしないでよなどと言ったと思う。

そして「今年はやけにアメリカでインフルエンザでによる死亡者が多い」というニュースも。

アメリカにいる数人の友人たちは大丈夫だろうか?などと思う。

けれども特に大きな話題もなく過ぎる毎日。私は、ようやく受験を終えて塾の寮を引き払う予定の長女を年末に迎えに行くべく色々と算段をつけている最中で、面倒くさがって返事をよこさない長女にイライラしながら、一緒に暮らしている次女あれこれをこなしていた。

7月から久しぶりの日本で生まれて初めて一人で生活しながら受験をした長女。寮の管理人さんご夫婦にはとてもお世話になったので、お土産を買っていかなくては。何がいいかしら?こちらの食べ物は嫌がる方もいるからお土産はいつも悩む。

そんな普通の日々の中で、突然夫が言った。

「俺、来月武漢に出張入ったから」