よりのよりどりー杭州サバイバルライフその5.緑の野菜の隣には

※今回スプラッタ注意です。

翌日から元通りの生活になった。

毎朝夫を送り出すと最初の掃除、洗濯。この部屋はサッシ窓だけどパッキン?密封処理がされてないのか、窓を開けてもいないのに砂が入り込む。朝晩掃除機をかけてモップで拭き掃除するけれど、その度に集めた砂が盛り塩のようにこんもりする。それから市場へ行く。

アパートの目の前が市場で、当時のデパートやスーパーでは乾物と日用品しか売られていなかったから、生鮮食品を買うには毎日市場に行くしかなかった。野菜と肉を買う店は決めている。

まずは豚肉を買う。当時牛肉は水牛の肉しかない上に不味くて高かった。鶏肉は生きた鶏を買わないといけないので、ちょっとめんどくさい。だから大抵豚肉になる。

豚肉屋は、朝「つぶしたて」の、新鮮な豚が中心から縦割りにされて「開き」になって木の板の上にどーんと置かれている。もちろんお顔も付いている。そこから欲しい部位と量を伝えて切り出してもらうのだ。

これは後にベトナムに行っても同じ方式で、初めて見た日本の方が「かわいそう」「残酷」「不衛生」だから私はスーパーでしか買わない!と言われていたけれど、どんな肉でもこのように食べられるために殺された動物あってのもので、かわいそうと思うならきちんと無駄なき調理していただくべきだし、その姿を晒すことが残酷とはいえ言えない。パックで売られているスーパーの肉も出所は同じで、切り出してパックして運ばれる分鮮度は落ちるから市場の方が新鮮なのでは?という理論のもと黙殺することにしていた。それにベトナムでは鶏もしめられたあとで生きてはいなかったし。

私はいつも背中の肉を買った。ヒレがついてる部分。小さく切るかどうか聞かれるけれど、切ってもらうと大きな声で中華包丁で骨ごと叩き潰す!って感じになるので頼まない。

肉をビニール袋に入れてもらって野菜を見に行く。野菜は色別にかたまって陳列されている。白い野菜は大根、長ネギ、じゃがいも、玉ねぎ(皮をむかれているから)。もやしや山芋もあった。赤いトマト、にんじん。全て500gでいくらか聞いて、袋に自分で選んで入れて重量を測って金額を計算してもらう。緑の野菜の中には緑のカエルや蛇も売られているから野菜を選ぶときは気をつけないと。ほうれん草を取ろうとしたら飛び跳ねてびっくりしたことがある。カエルだった。

私は買わなかったけれど、蛇もカエルも買うと皮を剥いてくれる。カエルは熱湯にサッと潜らせて頭からツルッと剥けていた。蛇は頭を釘で打って固定してから一気に剥く。これも見事に綺麗に剥ける。あの蛇皮はどこかに売るのかしら?などと思う。

自分が元気な時は鶏も買う。生きてる鶏の中から自分で選んで買うのだけれど、普通は皆しめたてが美味しいから家まで生きたまま持って帰る。食事の支度の際に男衆がしめるのだ。今思えば台所仕事は力仕事が多いからと言って、当時の中国では食事の支度は旦那さんの仕事のコチが多かった。

もちろんうちの夫はしめられないし私も無理なので、その場合は1元追加で払ってしめてもらう。私に選ばれたせいで首を切られて血を抜かれ、熱湯に浸けて羽をむしられお腹を割かれる。抜いた内臓からハツと砂肝とめんどりの場合は卵をお腹に戻してくれる。今思えばレバーも戻して貰えばよかった。

米も市場で買った。お米の国は本当にありがたい。でも、市場の米は中身を見せるために袋を開けてあって、自由に触って選べる上に、道端に置いてある米は通行人にしょっちゅう倒される。斃されて地面に散らばった米を店主が拾い集めて袋に戻すから、石や雑草が入ってるのが普通だった。私は出来るだけ店の中にある米を買った。

えらく長くなってしまったけれど、当時のわたしの生活で市場の買い物は大イベントで一番緊張することだった。中国語はまだ全然使えなかったし、スリも怖かった。後に知り合った人に「市場で外国人が買うなんてぼったくられるからダメ!お手伝いにやらせた方がいい!」と言ってくれる人がいたけれど、私は知らない人が家に入り込むのが嫌でお手伝いは雇わなかった。そしてお手伝いも雇い主から代金をちょろまかすんだから同じことだと思っている。

話が逸れたけど、市場で決まった食材を買う時に見慣れない野菜の名前も聞くようにしていた。家に帰ってから食材図典で調べるのだ。今ならスマホで写真を撮って検索すればいいけれど、当時私は携帯を持っていなかったので。聞いたことのある野菜かどうか、調理方法などをよく調べていた。杭州は海から離れているので魚は川魚しかなく、たまに並んでいる海の魚は小さなマナガツオとタチウオだけだった。どちらも朝仕入れた時から常温で板の上にさらされてぐったりしていて、とても人間が食べられそうな状態ではないと思った。けれども私は黄魚も鯉も苦手。だから、魚以外でカルシウムの摂れそうな食材をいつも探していたのだった。お腹に子供もいる身となった今、尚更自分の摂る食事には気をつけなければならない。

青梗菜がカルシウム豊富だと知った時は嬉しかった。ただし水溶性なのでビタミンBと一緒に摂らないと体内に吸収されない。豚肉と炒める理由がわかった。

つわりが結構ひどかったので、日本の調味料が手に入らず中華風の味付けになりがちなのが地味に辛かった。カサカサでガリガリの私を心配して、お料理の苦手なチャンさんがお義母さんに教わったという妊婦に良いお粥を作りに来てくれたことがあった。棗と大麦で作られたそれはほんのり甘くて、今では好物なんだけれどその時はどうしても喉を通らなくて本当に申し訳なかった。私は味噌汁とお漬物を渇望していた。

市内に日本食レストランが一軒だけあったが、いわゆる中国人が日本風を名乗る形式のところだったので、味は…だったけれど、私はよく夫にそこに連れて行ってもらった。出汁が一切効いてない味噌汁でも私にはご馳走で、あとは母が時折送ってくれるお茶漬けの素を大事に大事に一袋を2回分に分けて薄めて大事に大事に食べた。早く10月になれ〜!とそればかり思っていた。