全面拒絶!という思考停止。

先日、乙武さんのお話を聞く機会があった。
五体不満足な彼は自分と同じ境遇の人たちにも等しくチャンスが得られるよう
それこそ、体を張って、矢面に立って、、これまでのスタイルを打ち破りながら
様々な活動をしてきていた。スポーツライター、コメンテータだったりと
活躍の場を広げながら、障害者の希望の光となっている。
そんな彼は啓蒙による自分の活動限界を感じ、制度を改革するために立候補した。

そこで、あの事件となった。
道徳の教科書にまで載り、勝手に聖人君主と崇められていた偶像だったたけに、
それを聞いた全ての人が勝手に「裏切られた」と感じる。

ここからが問題だ。
彼が女性関係で起こしたことは、

彼の言葉を借りると、白、黒だけの人はいない。グレーなのではなく、ぶちなのではないか?

タイガーウッズもマイケルジャクソンもピエール瀧も
過去にまで遡り、作品もすべてダメなんだっけ?

なんかあると、困るから一旦は横と揃えて、前例踏まえて、こうしておこう。
そんな全面拒絶は楽だが、責任逃れだし、思考停止だ。

一体何が良くて何がいけないのか?
価値観が多様になっていろんなことを言う人が増えたから
困って思考停止し、やめよう!となることが多すぎる。
誰にとってなんなのか?その意味を考えず、
問題を起こした人が出ていたドラマは全部カット。映画は上映中止。CDは自主回収。展覧会は中止。補助金は巻き上げる。

みんな、そんなに何を恐れている?どうしたら炎上しているか?
炎上の先に何がある?それを世の中に示したらどうなる?
痛みのない表現はあるのか?全員に好かれることができないならやるな!というなら何にもするな。リスクのない行動をしたいなら、行動をしないほうがいいのでは?そう言うことを考えることなく、思考を停止させる。隣や前例がどうしたか?
だけで、ではうちもそうします。って

自分の中の基準がなさすぎる。判断ができなすぎる。そんな思考停止が怖い。
なんとなく、でハーメルンの笛吹きのようについていく群衆。

そして、その判断が潮目の世に代わる時がまた恐ろしい。
昨日まで応援していたのに、ほんの些細なことで手のひらを返す。
少なくとも自分は、そうなりたくない。
私はそもそも、どんな人にも好きなところがあるし嫌いなところがあると思っている。また自分の嫌いなところが魅力だったり、その人の欠点が可愛く見えることもある。彼の作る歌は好きだけど彼とは多分友達にはなりたくないね。ってことも。
彼の描く絵はきらいだけど彼がアートを通じて出すメッセージが好きとか。

もう全部が好き!もなければ、一切合切嫌いもない。
そう黒でも白でもなくブチなんだと。なんとなくグレーではなく、
黒い部分が多いけど、耳の先に残るあの白い部分は可愛い。
そうやってきちんと見て判断して、、そういうことを
少なくとも自分はしていきたいと思う。頭ごなしとかなしに。

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