モノトーンミュージアムRPG/天梯の墓標
漆黒の闇。目の前に手をかざすが、指先すら見えない。どのぐらい広いのか、あるいは身動きできないほど狭いのか、それすらわからない。つい先刻まで、強大な敵と戦っていた仲間の姿は既になく、なんの気配もない。周囲には耳が痛いほどの静寂が広がっている。
後悔はしていない。「なにかをやり遂げた」むしろ、そんな充実感すら感じている。
ああ、やっと終わった。全てが終わって、わたしは全てを失ったのだ。改めて実感する。
本当の両親は顔も声も名前も覚えていない。いや、そもそも知らない。
孤児だったわたしを引き取り育ててくれた父さまは、一昨年事故で身罷った。
父さまの騎士団でわたしに稽古をつけてくれた、年上のあの人。わたしが父さまの後を継いで団長になって以来、わたしを支え、隣に仕えてくれたあの人。アントヴォルトももういない。
それでいいのだ。アントヴォルトと、陛下と、ナナミとカイム。彼らを国に帰すために、わたしはここ残ったのだから。後のことは殿を任せたアントヴォルトが、きっとなんとかしてくれるはずだ。陛下とアントヴォルトがいれば、国は必ず復興するし、カイムとナナミは、二人一緒なら、どこででも生きていけるだろう。
カイム(しののめさん)は見かけこそ恐ろしい異形だが、心根の優しい、真面目な青年だ。故郷の村を襲った伽藍を倒した結果村人に逆恨みされ、村を追われたと聞いている。今はレーネとパルフェ、デール、トリトというよき仲間を得て、きっと教会を盛り立て、人々の理解者となってくれるだろう。いや、カイムにそれを言い出す勇気があれば、レーネはカイムのよき伴侶となるのだろう。
ナナミ(しろけもさん)の恨みはようやく晴れたようだ。全ては誤解に端を発することはいえ、それを認め、己の境遇と親兄弟の死を受け入れた彼女の強さは賞賛に値する。きっとこれからは、カイムのよき友として彼を支え、そしてナナミ自身がよき伴侶を得て、豊かな人生を送ることだろう。そうあればいいと、心から思う。
ユアルさま、いや陛下(蒼音さん)にはお詫びのしようもない。早逝した父の後を継いだものの、年若く未熟なわたしは、決していい団長ではなかった。騎士団のみなの助けを得て、なんとか切り盛りしてきたが、至らぬことばかりの2年間だった。あげく陛下を戦いの最前線に駆り出すばかりか、ろくにお守りすることも叶わず、逆に助けられる有様で。せめて、最後に国にお帰りいただけたのが僥倖といえよう。
そしてアントヴォルト。幼なじみとの婚姻を夏に控えた、わたしの初恋の人。ふがいない団長のせいで、こんなところにまで付き合わせてしまった。しかし、彼なくして、レーネの安全は守れなかった。レーネのためにもカイムのためにも、彼には感謝してもしきれない。
最後の撤退戦までも、アントヴォルトには殿を務めさせ、そして陛下のお側で、次の騎士団長として国を守る役目を押しつけてしまった。済まない、とは思うが、彼以外にはこんなことは頼めない。
ああ、やっと一人になれた。騎士団を継ぎ、年上の騎士たちを纏め上げるため、髪を上げ、フランチェスコ、と男の名を名乗った。それももう終わる。今のわたしは、父が愛してくれたフランチェスカだ。
アントヴォルトは、あのかわらしいお嫁さんと、次の夏に結ばれる。さぞや凜々しい花婿と、美しい花嫁になるのだろう。末永く幸せに。永久の喜びを祈る。
ああ、うらやましい。口惜しい。妬ましい。わたしが、このわたしこそが、アントヴォルトの隣で、彼の横顔を見上げ、彼に微笑み、彼の笑みを受け、幸せに包まれる花嫁になるはずだったのに。7つのころから彼に憧れ、彼に恋し、彼を愛してきたのに。
なぜ、なんで、何故に。私はこの暗闇で、この静寂の中で、ひとり孤独に永遠の時を過ごさねばならぬのだろう。
ねえ、ここから出して。そこを開けて。ねえ、アリエッタ。その縫い目を少しだけ、一瞬だけほどいて、わたしもそちらに連れて帰ってよ。ねえ、ねえっ、ねえっっ!!!
出して、ここを開けて。おい、こら!ここから出せ!!聞こえているのでしょう?開けてよ、ここから出してよ!
なんで、どうしてわたしだけ。わたしだけが、この暗闇で、この静寂の中で、ひとり孤独に永遠の時を過ごさなければならないの?
こんなのは間違っている。神は、神は!神は!!神は。御標は、御標は、どうして御標は下らないの?
ならばわたしが、このわたしが。神に代わって御標を下そう。みなが、わたしが、アントヴォルトが幸せに暮らせる御標を。
「かくして、かくして。騎士団長とその一行は強大な魔神を再び封印し、そして少女と青年は末永く、永遠に幸せな生を謳歌したのでした。めでたしめでたし」
(慟哭)
モノトーンミュージアムRPG「天梯の墓標」GMあやめさん
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