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この世は余生

色々なプレッシャーで潰れて20代後半から不眠になり鬱を発症し、30歳から療養に入りました。
不安や後悔や絶望などネガティブにまみれ、自殺の準備をするも踏み切れず、死にきれないまま無意味に生きているうちに色々なことがあり。
3年半の時を経て社会復帰することができました。
再度メンタルが壊れた今、30歳からの療養期間に何を考えていたのかを改めて思い出したいと思います。

死ぬことの怖さ。
正確にはこの世から私自身が消えることに恐怖は無かったのですが、死ぬ程の苦しみや痛みの想像と、もし死にきれなかった時のその後を想像してしまい二の足を踏みました。
狂っている中でも理性は残っていました。
俯瞰で見ればこの時の私は自殺する程の状況でもないし、いくらでもやり直しはできる状況だったと思いますが、手っ取り早い逃げ道のように思えたのです。

生きることの怖さ。
子供のころから「大人になったら自立する」と教えられて育ち、就職と同時に一人暮らしになるのは当たり前だと思っていました。
もちろん大人になって周りを見ると就職しても親元で暮らす人は多いし、わざわざ一人暮らしをするのは経済的にも非効率だと思うのですが、価値観はなかなか変わりませんでした。
このまま社会的に必要ともされず、親元に帰って養われて無為に生き続ける……それは私にとって死ぬこと以上の恐怖でありました。

空っぽの自分を受け入れる。
子供のころから勉強はでき、それなりに器用だったので運動もそこそこ苦手なく、努力さえ惜しまなければ色々な道があったと思います。
ですが努力を知らず将来の夢もないまま大人になり、就職後は仕事に対する責任感から真摯に取り組んでいたものの「この仕事を絶対にしたい!」というような情熱には欠けていました。
趣味にしても情熱を傾ける対象がなく、そこそこ楽しみはするけどどこかで虚しさも感じる事ばかり。
情熱のない自分に劣等感を感じていましたが、それもまた自分の特性なのだと次第に受け入れるようになりました。

情熱もないし死ぬこともできないなら、せめて誰かの役にたって生きたい。
生活が困らずにできて、手の届く範囲で満足できるのであればそれでいい。
一度自殺を考えて死ねなかったのだから「この世の残りは余生だ」と、悟ったような心境になったのを覚えています。
治療の中で色々薬を試していたので合った薬が見つかったからなのか、療養も長くなっており時間経過がそうさせたのか、きっかけは分かりません。
社会復帰してしばらくはその心境も続きましたが、徐々に社会通念や人間関係、責任、欲が戻ってしまい、長続きはしませんでした。

今から振り返ると前回の療養時は年齢もまだ若くて残された道は色々あり、絶望や不安に囚われる必要はなかったように思います。
今はまだ先が見えず不安も大きいですが、数年後に振り返ってみたらなんてことはなかったと言えたら良いなと思っています。


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