石橋を叩いて…


昔から、親によく言われていた。
石橋を叩いて渡る、という言葉があるけれど、私は「石橋を叩いて、叩いて、叩いて、やっぱり渡るのをやめる」タイプだと。
世界で一番私のことを見ている親からの評価であったし、その表現がまさに的を射ていると自分でも思っていた。
とにかく一歩を踏み出せない。
慎重に、周りを見て、色んなことを確かめて、それでもなかなか踏み出せない。
もちろん長所だとは到底思えないけれど、必死で治そうとも思ってない。
昔から自他共に認める自分の性格だから仕方ない。

そんなことを、久しぶりに思い出した。
普通の、無難な人生を送れればよかった。
何かにチャレンジしていくなんて、そんなことを「石橋を叩いて、叩いて、叩いて、やっぱり渡るのをやめる」私が出来るわけない。
そう思っていたのに、普通に学校を卒業して、普通に就職して、普通に働いていた会社を、ある時訳あって辞めてしまった。
幸い次に働くところは決まっていたけれど、働き始めるまでに少し時間の猶予がある。
何もしない訳にも行かないので、いくつかに派遣サイトに登録して毎日色々なところへ働きに行った。
昔の親の言葉をふと思い出したのはそんな生活を送っている時だった。
毎日違うところへ、初めての仕事をしに行く。
それは、たぶん、「石橋を叩いて、叩いて、叩いて、やっぱり渡るのをやめる」私が一番苦手としていたこと。
今でこそ少し慣れてきたけれど、慣れるまでの最初の頃はそれはもう相当なストレスだった。

ある日、とある職場で親と同じくらいの年齢の人と仲良くなった。
その日限りの派遣なんて人間関係は全く無いと思っていたけれど、案外とたった1日一緒に仕事をしただけで仲良くなったり、同じ現場に何度も行けばそこで人間関係も出来たりする。
話してみるとみんなそれぞれ様々な人生を送っていて、話を聞くのも面白かった。
そして私も派遣としての近況や、それに至るまでの経緯をその人に話すと、「毎日色んなところへ色んな仕事をしに行って、行動力があるんだね」とその人は言ってくれた。
行動力がある。
それは、私から一番縁遠いはずの言葉だった。
初めて言われた言葉で、一瞬私のことを言っていると気づけなかったほど。
だけど、最近の自分を振り返って、それから、過去の私を知らない、ほんの数週間前に出会ったばかりのその人から言われた言葉をもう一度噛み締めた。
石橋を叩いて、叩いて、叩いて、やっぱり渡るのをやめる私は、もう居なくなったのかもしれない。
ほんの少しだけ、誇らしく思えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?