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ヨノセコは31歳度を迎えました。

街はハロウィンが終わった瞬間にクリスマスソングを流し始める。

きみたち、何か忘れていないか。

11月21日はわたしの誕生日なんだよッ!
それを差し置いてクリスマスソングとは何事だ!

かつて若かりし頃のヨノセコはそう思いました。
そして考えました。

聖人になったら自分の誕生日を祝日にできるんじゃないか。

そのことを会社の隣の席の若者に打ち明けたら、彼は言いました。

「政治家になったほうが早くないですか」


ということで、31歳になりました。

2008年度など、仕事を年度で区切るのと同じように、わたしは「○歳度」というものを採用しておりまして、毎年ざっくりと総括をしています。(完全に未来のわたしのための伝言記事なので恐縮ですが)備忘録を兼ねてつらつらと書いてみます。

今回は本当に個人的な記事で、いつもに増して誰の役にも経たないような気がしますので、とりあえず役に立ちそうなリンクをここに置いておきます。

【30歳度の総括】

29歳度は「The 新生活」ということで新しい仕事、初めての同棲(わたしの努力が至らず解消となりましたが…)といろんなことがあったわけですが、30歳度は仕事も人生もいろんなことを「腰を据えて考え、行動をする」歳になったような気がします。また、仕事に英語が乗っかってきたり、過去に“逃げた”ものと向き合ったりしながら、今まで打ってきた「点」がすべて繋がったかのような不思議な年でもありました。裏を返すと、また点を打つ時なのかな、次は何に繋いでいこう、という感じだなと思っている感じです。

前厄パワーなのか、30歳度の中頃に左耳の聞こえが悪くなり、今もまだ治ってませんがこれは少し事件でした。趣味の演奏に差し障りがあり、思うように演奏できない時もあって辛く、自分の耳がもしかしたら治らないかもしれないらしいと知った時には随分と凹みました。でも、周りの人にぽつりぽつりと話す内に、たくさんの助けの声を頂いて、今は比較的落ち着いて、のんびり構えています。気圧なのか何なのか、悪い時はそれなりに悪さをしてどうしようもない気持ち悪さなどに見舞われますが、慣れの問題なのかなと思ってます。お医者様と一緒に向き合っていこうかな、って腹を括りました。

さて、細かい項目について。

<実績>
〜人生編〜
・「結婚」について死ぬほど考えた。
30歳度の前半に突然「今の自分の生活の中に主婦業であるとか、子育てが入るイメージがつかない」ことに随分悩み、そこから結婚とは何なのか、色んな人に聞きながら随分とたくさん考えました。ある意味30歳度で一番大きな変化は「子どもが欲しいので結婚したかった」わたしが「子どもが絶対に欲しいと思わなくなった」ために結婚について色々と考えなければならない落とし穴にハマったというところでした。これはまた記事にしようと思っているのですが、30名近くの既婚者の皆さんに「なぜ結婚したんですか」と尋ね回ったりして、最終的に自分の中で腑に落ちる結論が出て、今は結婚に対しても出産に対しても、ネガティブではなく本当にイーブンな感じで「どちらでもよさそうだ」という所に至ってとても落ち着いています。ご協力頂いた皆さま、ありがとうございました。

・「会いたい人たち」に会った
何となく材料を一旦使い切った、空っぽの冷蔵庫のような気持ちになりましたので「自分の身がある程度自由である内に、とことん人と会おう」と思い、いろんな人と会うようにしました。旧知の仲も、久しぶりの方も、初めましての方も含めて、今年はたくさんの方にお会いしました。新しいご縁はどれもこれも素敵で良いご縁でしたし、久しぶりに会ったという皆さまも本当にお会いできて良かった。そして、沢山の人々の生き方に出会って、ピアノマンの歌詞で言う所の、「じゃあお前は何をしているんだ」とまさに問われるあの瞬間にいるような気分です。みんな生き方すごすぎ。お会い頂いた皆さま、本当にありがとうございました。これからも宜しくお願いします。

〜仕事編〜
・正社員になった
最初の会社を病気で退職してから数年経ちましたが、NPO勤務を経て企業の正社員にもう一度して頂いたのは大変ありがたかったです。多様な働き方がある中で、正社員というポジションそのものにこだわる必要は本質的にはないのかもしれませんが、一度病気でレールから外れた身としては、「正社員相当の働きがきちんとできる体になったのだ」ということを証明できたという点で、ひとつ過去を清算できたような気になりました。もちろんそのために正社員を目指してたわけでもないですし、正社員になること自体はゴールではないのですが、一つの節目であったのは確かです。

・Pythonを始めた
・Rを始めた
同じく、病気退職の際の心残りに技術面での引け目というのがあったのですが、それに対して真正面から取り組む機会を頂いたかなと思って始めました。まだ初歩ですけど。ちなみにお気に入りのライブラリはplotlyです。前からやってみたかった古典的機械学習の活用もできたし、技術面はマイペースに積んでいこうと思ってます。青春を取り戻すかのような気分で楽しいです。

・英語を話すようになった
・海外に出張に行かせて頂いた
・英語でプレゼンをした
去年末に黒船が来航し、これもまた機会を頂いて英語の使用頻度が格段に上がりました。向こう3年の目標に「英語でプレゼンする」と書いた2ヶ月後にプレゼンする機会が突然降ってくるなどのスピード感に全力で取り組ませて頂きました。こちらも実は留学を期にすっかり英会話力に自信を失って帰国した経緯がありましたので、それに立ち向かう形になりました。何度か挫けそうになりましたが、お陰さまで前よりも深く関与できるようになれたかなと思ってます。こればかりは天井が無いので日々地道に積むしか無いですね。最終的に英語は覚悟と度胸。

〜生活編〜
・勉強の習慣がついた
・ジムに通い始めた(継続中)
英語もそうなんですが、一昨年のダイエットで培ったある種の継続力を応用して、毎日(毎週)コツコツ何かをすることができるようになったのは自分の中では大きな成果でした。ちなみにわたしのダイエットを成功させてくれた「完全無欠コーヒー」は今でも続いてます。それも三日坊主のわたしにとってはすごい話だ。よくやった自分!

・物書きをぼちぼち始めた
これまで何度かblogを開いては風化させてきましたが、やっぱり物を書くの好きだなあと思ってぼちぼち書き始めたのは実績といえば実績ですね。これからも、のんびり書きたい時に書きます。

・熟女のお店のキャッチの人に声をかけられて名刺を渡された
熟女のプロフェッショナルに声をかけられたわけなんですけど、わたしはもう熟女なんですかね。

〜音楽編〜
・名古屋で演奏をした
卒業以来、公の場で演奏していなかった名古屋で里帰り演奏ができたのは音楽方面では一番嬉しかったことかもしれません。また、自分の原点である古巣の演奏を聞くことができたり、名古屋の奏者たちの熱さに触れることもできて、大変刺激になりました。ホームに帰ることの大切さを痛感。

・耳が悪くなった
冒頭にも書きましたが、耳が悪くなったのは30歳度最悪の事件だったかもしれません。治ると良いけど、まずは早く慣れると良いねってことで。


【31歳度方針】

・某資格を取る
上の「選ぶ / 捨てる」と関連して、自分のこれまでやってきたことに筋を通すためにも、前から取得したかった資格にチャレンジしてみようかなと思ってます。難しい資格なので1年で取れるかしら。のんびりやります。

・男塾を読む
30歳度未達の目標がこれなので持ち越します。

こんなわたしではございますが、31歳度も何卒宜しくお願い致します。

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