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イチローさんの言葉から学ぶ「納得解」

Yononakaは、身近なものをテーマに、参加者同士で意見を共有し、自分の納得解を紡いでいく時間です。この「納得解を紡ぐ」という言葉について、少し立ち止まって考えてみました。

みなさんにとって、「納得したなぁ」と感じるのはどんなときでしょうか?

私は最近、イチローさんのある言葉に納得しました。それは21年に高校生を指導した後のインタビューで語ったものです。

ムダなことから学ぶことが多い。ムダなことをしないと合理的になれない。

イチロー独占インタビュー「イチローさんが高校生と向き合う理由」第1弾

小さい頃から人一倍努力して名プレーヤーになったイチローさん。ムダかどうかを考えるよりも、とにかく思いのまま練習に励み、その結果、経験を通じて効率的な練習法を見つけてきたのだと思います。まずは試してみる、やってみる大切さを伝えているのだと、私は捉えました。

もし同じ言葉を、初めて出会った野球好きのおじさんから言われたら、どうでしょう?
「ほう。」
とつぶやいて終わるだけだと思います。
もちろん、そのおじさんが悪いわけではありません。イチローさんの言葉に私が納得したのは、彼の経験から紡いだ言葉だったからです。今までの彼の経験が見える言葉だったからこそ、私は納得感を持てたのだと思いました。

そのように考えると、納得解は「その人だからこその言葉」だといえそうです。そしてそれを紡いでいくのがYononakaの時間です。
では「紡ぐ」とはどういう意味でしょうか?

調べてみると、

さまざまなものをより合わせ、1つのものを作り出す

「紡ぐ」の意味をわかりやすく解説!

と書かれていました。
Yononakaのように、いろんな方がコミュニケーションに参加している空間であれば、様々な意見が飛び交います。それをより合わせ、十分に理解したうえで、自分の経験から出てくる言葉をつくる。それが「納得解を紡ぐ」ということだと思います。
そして、それを1人1人行い、参加者の意見をより合わせていく時間がYononakaであると、私の中で納得感を持って理解できました。

ちなみに、「紡ぐ」の言葉を調べるといろいろな意味が出てきましたが、国語辞典やWikipediaに書いていることではないものを選びました。それはさまざまなものを参照した中で、私自身納得する言葉を選びたかったからです。ここでいう納得という言葉は、「しっくりきた」や「腑に落ちた」の言葉にも近い感覚があります。「しっくりくる」や「腑に落ちる」とはどういう言葉か?そこに違いはあるのか?とか考え出すとキリがありませんね。またゆっくり調べて、自分の中で納得出来たら発信させていただこうと思います。

今回は「納得解を紡ぐ」というテーマで1人Yononakaしました。感想やフィードバックをいただけますと幸いです。ぜひ、みなさんのなかで納得したエピソードなどをお聞かせいただけますと嬉しいです。引き続きよろしくお願いします。

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