【読書感想文】先生の白い嘘

※最終話までのネタバレを含みます※
登場人物の説明はありません。読んだ人が読めばわかるかなくらいな読書感想文です。思った事をつらつらと。


先日読破したので。
1巻出た時に試し読みした以来今日まで読んでいなかったがアプリで全話公開していたので一気読み。

色んな漫画がサクッと読みやすくなって大変助かる。
けど電子の進化とともに紙媒体の手に入りにくさが加速していて機を逃すとすぐ紙で手に入らなくなるのは困るな。

脱線。

全話公開していただける状況非常に有難い。

此方の漫画は非常に胸糞悪くなる描写があるが、止まらなくなってしまうのは
「この人物の心の内とは?動機とは?どうしてこうなる?」
の答えを紐で吊るされ眼前にチラつかされているからなのか。つい次の話が読まずにはいられなくなる。

リアリティとかではなく、こういった生き方をしている人間がどうなっていくのか。が見易い漫画かもしれない。

おおあらすじ

性の不平等、性の格差を抉る問題作!

主人公や登場人物誰かしらなにかしら性的に傷ついたり傷つけたりしている人達ばかりなんだが、単純にだからと言ってどうすればいいのか
被害・加害の事実と自分の心と体と見栄や虚勢や意地や欲やらなんやらすべてない混ぜになって身動き取れなくなる具合が気持ち悪くて痛々しい。

この漫画の特徴としては性暴力、性被害があるのだけれど行為に至っている男と女の心理描写の差がわかりやすくていい。

まず前提として作中に登場するレイプの描写が
・1回きりではなく継続して行われる
・複数人被害者がいる
・行為の果てに快楽に懐柔され拒む事が出来ない
・はたまた愛情表現として受け入れている
快楽堕ちとかわかりやすいエロ描写ではない。
(ファンタジー描写は話を畳みやすいからあるわけでこの作品には適さない)
精神をすり減らされているにも関わらず作中の女は拒む事が出来ない。
すり減らされ続けないように快楽を得る事で行為に抵抗するのかもしれない。
否定される行為を肯定にすり替える事で保てる精神があるのかもしれない。
《わたしは大丈夫》という防衛手段としてせめて繋がる結果をすり替えるのかも。

個人的には男女差での行為の落差をひとつ感じる。

男性的には排泄行為、女性的には快楽の昇華もしくは愛情表現(盲信)の差

作中で早藤という男は比較的魅力的な要素が含まれる。
クズはクズだが、ステータスとして飾るには魅力的な。と、いう意味で。
対して美鈴はわかりやすい劣等感が見えてくる。
最初のきっかけも「もしかしてこの機会を逃したら一生処女なのでは?」的な甘い誘惑があったのだろう

処女や、童貞について価値観は人それぞれだが生殖機能としての意義と性欲昇華の意義はまた別なので一概にどうあれが正しいことはひとつもないけれども

少なくとも侵害されるものではない。
自分にも他者にも。

戻って。
早藤も美鈴も相手を見ていない。
女であること、男であること。しか見えていない。

だからきっと、女性性に憎悪しかない早藤は美鈴を虐げる事ができるし、早藤を見ない美鈴は男である部分だけを切り取り受け入れてしまう事ができる。美鈴もまた女性性の嫌悪があるので自傷行為とも取れる。

私を個人を見ていないなって、感覚成人ほやほやな頃ヒシヒシと感じたことがあるのだけれど性別だけを見ている人間は何でも出来てしまうと思う。
個人を見ていれば選択しない言葉や行為はある。
目の前にあるのが異性の体だけで、そこにある名前《個人》を見なければいくらでも加害侵害する事が出来る。

今食べているフライドチキンが鶏肉でしかないなら舌鼓を打つが、卵の孵化から手をかけて育てたピヨちゃんなら泣きながら食べるかもしれない。
JKの括りで興奮する制服少女が自分の娘であったら、とか?

女でしか見てこない相手には男でしかみない。
名前がついてしまったら苦しいから。痛みに気付いてしまうから。加害されてる自分は認めたくない。
この辺りは対比として玲菜が引き受けているように思える。彼女は早藤から受ける性暴力を愛情表現だと信じ込むことで、自分を守っている。

好意はすべての否を呑み込む事ができる。
盲信することで受けた傷をひた隠すことができるわけだ。


作中とにかく早藤という人物に嫌悪と怒りが溢れるがその怒りを発散してくれる登場人物がいとも簡単に早藤にねじ伏せられてしまう。
そこには男女の性差、物理的な力の差がまざまざと見せつけられて、読者も一緒にそこで怒りが萎え恐怖に変わる。巧みな描写だと思う。

脳裏に浮かぶのは地下鉄御堂筋事件だったわけだけれど、告発した彼女が未遂で済んだのは助かった。心は折れたけど。

ひたすらに早藤が憎いが、早藤の過去環境として父親のDVが現れる。早藤も暴力の被害者だった。とされる。
暴力を受ける母の姿をみて、女とはこうあるべきだと錯覚してしまうのか《女》を何か別の生き物であると認識している。人間ではないとする所に彼の歪みが見えてくる訳だがそれが他者を侵害していい理由にはならない。

中略

後半自分の為に早藤との決別を果たそうとする美鈴が暴行され倒れる。
ここで性暴行でなく、暴行なのは早藤が既に性行為では美鈴を打ち倒すことが出来ない恐怖からだと感じた。真っ直ぐ自分を個人を見てくる相手を目前に彼の匿名の男性性は役に立たなくなってしまう。
ねじ伏せたとしても早藤が美鈴を侵害したことにしかならずその自覚は早藤のせめてもの罪悪感を抉る凶器になれたかもしれない。

許しを拒絶するには物理的に余計な口を塞ぐ必要があって殴るしか出来なかったのだろう。
彼は許されてはいけない自覚があったのかもしれない。刺されて殺されてしまった方が楽だったのかも。

転げ落ちるように堕落して命すら投げ出す早藤をこれまでゆるゆるな表現で受けてきた婚約者の美奈子が断罪するが、美鈴・早藤の危機にタイミング良く居合わせる美奈子の介入はとてもわかりやすい。
都合がいいとも出来るが、まさか美奈子がいることで安心するとは……という気持ちになれる不思議な魅力が描かれる。

美奈子が嫌いだったのに嫌いになれないのは何故なのか?後半の登場の度に得られる安心感はなんなのか?


立場的には婚約者がクソレイパーで親友も近場の隣人も犯してて自分は出世の為のお飾り婚約者でしかもそれをうっすら理解していて尚そこに留まる……
固執する理由はわからないが美奈子が選択した未来は彼女にとってはしあわせに間違いないのでお前がそれでいいならいいんじゃないか?という気持ちになる。
好きにはならないけど。
友達にもなりたくないけど。
可哀想だと思うけど。彼女が選びたいならそうすればいいが、子どもの健やかな未来はどうなるのかは気になる。

両親の罪に子どもは巻き込まれて欲しくないが現状難しいよなぁ。


最終話。
美鈴と新妻。
もうふたりが自分の体にも心にも嘘をつく必要無く、互いの性を受け入れて寄り添うだろうエンディングにはホッとする気持ちがある。

一貫して最初からふたりは寄り添う道がふとぶととあって、歩みを止めない限りは辿り着く結果に辿り着けてよかったと思う

でも描かれていないだけでふたりの性が互いを傷つけることももちろん有り得る。
どこまでいっても男女は凸凹、形が逆転することはないし脳みそ的にも溶け合うことは無い
それでもひとつの形として並ぶことが出来るのはふたりにとってしあわせになればいいなと願うばかり。

めでたしめでたし。


あっという間に読めてしまうのは漫画が上手いからなんだろう。
巻数的にサクッと読めてしまう量だった。が、話は重いししあわせハッピッピーな方にはオススメできない内容だった。


ドロドロとした膿の更に更に化膿してぐちゃぐちゃになってしまった何か説明出来ない欲を見た事ある人には楽しめる、見える世界があるかもしれない。


こういった被害の作品はほんとに被害が加害を生んで連鎖して悪化してしまうの、なんだかなーってなる。
暴力はよくない。
けれどそれだけしか知らないと、そのまま横流ししてしまうよな。知らないことは出来ないし、見ないものは見えない。

人間はどうして複雑に拗れてしまうのか?
不思議は尽きない。


読み切れてよかった漫画でした。
次はヤバい女に恋した僕の結末についてまとめたいな。
最近完結してホント追いかけて更新の度に読んでてよかったやつ。面白かった。これもまた根っこは性暴力。

人間を壊すのは暴力だよなぁ。カタチは様々だけども。


侵害されることのない、世界を常に願って生きている。

おしまい。








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