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中国軍機による初の領空侵犯 -「技術的ミス」だと判定した小谷哲男の解説

8月26日午前、中国軍のY9情報収集機が長崎県男女群島沖に飛来、日本の領空に侵入し、初めて領空侵犯が確認された。空自の戦闘機がスクランブル発進し、無線で警告を行ったものの、男女群島沖の日本領空内で2分間飛行を続け、その後も周囲を1時間半余り旋回した後、中国の基地に帰還した。重大な主権侵害であり、乱暴な軍事的挑発である。事件後の一週間(8/26 - 9/1)、世間とマスコミの関心は台風10号の経過と被害に集中し、次いで兵庫県知事の騒動が注目されて時間が流れた。三番目は自民党総裁選の政局情報、四番目は米大統領選のアップデートという順番で報道番組が構成され、中国軍機による初の領空侵犯は大きな問題として取り扱われなかった。続報もなく、予想された中国叩きのプロパガンダの洪水もなかった。報道1930もプライムニュースも特集していない。

事件の大きさの割に、日本のマスコミが妙に静かなのが不気味だが、その背景として考えられる点は後で述べる。私には衝撃的であり深刻だ。その理由は、領空侵犯が行われた場所が九州沖だった事実である。初回の領空侵犯を、日本本土の懐深くに刺すように一気に侵入して来た。日米の軍事関係者の誰も、その図を予想してなかっただろう。中国軍の侵犯行動や威力偵察活動は、通常、サラミ戦術の呼び名で特徴づけられていて、徐々に徐々に接近し薄切りにするように小刻みに浸食する手法を採る。したがって、最初に中国軍機が領空侵犯の挙に出る場合でも、尖閣上空か、その周辺の領空を掠めるものと想定されていた。ところが、沖縄も奄美も小笠原もすっ飛ばし、一気に直線で男女群島を衝く大胆な行動に出たのである。Y9機の侵入飛行航路を防衛省が図示しているが、間違いなく作為的な挑発行動だ。

意図的な領空侵犯であることは明らかだ。まさに、領空侵犯の既成事実を作るために行った示威行動であり、明確な軍事的メッセージの発信である。その後の中国外交部の会見内容や中国国防部の報道説明を見ても、やはり確信犯の挑発任務だったと断言できる。そもそもこのような、一つ間違えば軍事衝突となるリスキーな威嚇を、軍の下っ端が単独で行えるわけがないし、尖閣や沖縄離島の上空ならともかく、佐世保基地の目と鼻の先の長崎県上空に侵入できるわけがない。領空侵犯した場所そのものが、今回のアクションの象徴性すなわち政治的目的をよく示唆している。実行を差配し了承したのは習近平だろうと直観するし、他にこの行動の指令系統を分析しようがない。習近平の裁可なしにこんな危険な軽挙を行ったら、任務を指示した部隊上官は即刻罷免となり、党からの査問を受けて監禁の処罰となるだろう。

翌27日、BS日テレの深層NEWSが急遽この特集に変更され、小谷哲男と小原凡司と興梠一郎がゲスト出演して放送する段となった。注目したのは、当然ながら小谷哲男の解説だが、番組冒頭、開口一番「今回の領空侵犯は技術的なミスで起こった可能性の方が高い。政治的な意図があったものではないと考える」と言い放った。私とは全く逆の見方だ。小原凡司は「真意については断定するのは難しい」と慎重に逃げた。26日の防衛省の会見でも、空幕長の内倉浩昭が「相手方の意図は測りかねるので(意図的かどうかの)答えは差し控えたい」と述べている。これが日本側の公式見解なのだが、小谷哲男は「政治的意図はない」と踏み込んで判定した。この小谷哲男の発言が重要なのである。これがアメリカ(米軍CIA)の事実上の公式コメントなのであり、さらに言えば、日米同盟側の公式見解になるのだ。

つまり、アメリカのレスポンスなのであり、今回の事件に対する日米同盟側の認識と総括なのだ。中国に対して、27日夜、小谷哲男の口からメッセージが発信された。すなわちその政治的意味は、日米同盟はこれを「技術的ミス」として受け止め、中国側に示威や威嚇の意図なしと判断して穏便に済ませるから、これ以上問題をエスカレートさせず、静かに一旦幕引きにしようと、そういう態度表明と提案通告である。私はそう分析する。かくして、そこから4日後、中国国防部の会見があり、「過度な解釈をしないよう希望する」とアナウンスがあり、意図的な領空侵犯ではないという主張で中国側の対応を固めた。これは、開き直りであり、普通なら、日本のマスコミが顔を真っ赤にして糾弾と咆哮の嵐となるところだが、今回、日本のマスコミも右翼もそれを手控え、日中間の空気は冷静な状態となっている。意外な展開だ。

要するに、小谷哲男が27日早々に示した意見が、日本・アメリカの共通認識として政治的に機能していて、事態の過激な方向への進行を抑制させているのである。日本も、中国も、今回の領空侵犯は「技術的ミス」として決着させた。小谷哲男は、解説で「無人島のはずの男女群島から何かしら電波が発信されているのを探知したため、それを調べようとして中国機が男女群島上空に入った」と説明、ある関係者から聞いたという何やら尤もらしい原因を指摘して、技術的ミス論を補強している。ある関係者とはCIAの軍人だろうか。男女群島にも秘密の通信基地を設置したのだろうか。いずれにせよ、領空侵犯の後、小谷哲男(アメリカ)の判断と裁定が出て、そのキャッチボールを受けた中国側の整合的応答と了解のサインが発され、この問題は「技術的ミス」で落着となった。中国側の意図的侵犯という結論は否定され排除された。

アメリカ側が、なぜこの問題を「技術的ミス」として過小評価し、現場の偶発的なアクシデントとして片付けようとしているのかというと、答えは簡単で、中国との軍事的緊張を現時点でエスカレートさせたくないからであり、制限時間前の立ち合いを忌避しているからである。アメリカには戦争のプログラムとロードマップがある。主導権を握ったまま戦争に勝利するためには、最後まで計画どおり工程どおりに戦略準備を進行させることが必要で、イレギュラーなトラブルを介在させてはならず、タイミングとスケジュールのマネジメントを間違ってはいけないのである。台湾有事の開戦は2026年から2027年で設定して動いていて、制限時間前の立ち合いはご法度なのだ。トマホークの海自配備は途中であり、12式の陸自配備は来年以降である。この中距離ミサイル(スタンドオフ)こそが対中戦争の主力になる。現時点は時期尚早。

この米軍CIAの方針に従って全てが動いていて、日本のマスコミも御意に準拠している。なので、アメリカが今回の領空侵犯を「技術的ミス」だと断定すれば、市ヶ谷も永田町も、マスコミもネットも、その仰せに無条件に追従するのである。そのため、いつもの暴支膺懲の激高と狂熱の社会現象は今回は見られなかった。ただし、自民党総裁選や総選挙になれば、この事件が政治的に蒸し返され、右翼側の恰好の餌となり、9条改憲と戦争法制を扇動する材料になるだろう。中国側は餌を与えてしまった。なぜ中国はこの時期にこの暴挙に至ったのだろう。無論、軍事的には、中国大陸に近い境域の日本の防空態勢の情報システムを探索し確認したいという動機はある。だが、それならば、無人機でのサラミ戦術の拡張と増勢と前進でも可能だったはずだ。今回の事態は有人機による衝撃的な侵入侵犯であり、明らかに挑発のステージを一段階上げている。

さらに驚くことに、この領空侵犯は、二階俊博が率いる日中友好議連が北京を訪問する前日に行われた。日中間の外交対話は途絶えたままで、両国間の外交課題は山積して溜まっている。今回、友好議連の訪中を事前に報じた記事では、日本人への短期滞在査証の免除再開という具体的な事項が示されていた。他にも、水産物の輸入解禁や拘束日本人の解放などがあるが、査証の件をマスコミが訪中前に報じたということは、意味として、すでに根回しが済み、この件では中国側のOKが出ているという暗示に他ならない。査証免除は最低限の獲得目標であり、二階俊博が成果として帰国時に報告できる確実なお土産のはずだった。ところが、それさえも現地でキャンセルの目に遭ったのだ。また、事前報道では、習近平との会談実現も含みとして期待させていた。通常、こうした記事が表に出るときは、中国側が会談の設定に前向きという意味に受け取られる。

が、習近平との会談もリセットされた。当然の話だが、二階俊博の訪中は、岸田官邸と外務省からのミッションが託されていて、日中首脳会談への糸口を掴むという外交上の模索があった。観光旅行で訪れたわけではない。私は、習近平が出てきて二階俊博と会談すると予想していた。中国からすれば、アメリカが大統領選に熱中し、次がトランプかハリスか見えず、言わばDCの権力が半空白状態になって、来年以降の東アジア政策が五里霧中で視界不明の今、日本との関係を少しでも改善するべく手を打つチャンスである。王毅や楊潔篪、すなわち国務院外交部はそう考えるだろう。なので、習近平も出て来るだろうし、大量のお土産を二階俊博に与えるだろうと楽観した。だが、会談どころか、領空侵犯の打撃で出迎え、手ぶらで返すという冷遇に出たのだ。領空侵犯は二階訪中に合わせていて、拒絶的で取り付く島のない対日メッセージの伝達が行われている。

中国側の対日意思を明確に伝えている。私はその状況を観察し、中南海深奥の動きを深読みして、習近平と国務院との間で権力闘争が起きているのではないかと予感した。そうした想像に全く根拠がないかというと、決してそうではなく、最近(8/16)の国務院全体会議で(恒例の念仏合唱だった)「習近平思想」の連呼が排されたという情報がある。石平の記事なので信用度は落ちるが、この情報と今回の奇怪な対日安保外交事件とは辻褄が合わなくもない。つまり、解釈としては、王毅・楊潔篪が日本との関係改善に動き、アメリカによる対中包囲網の打開を図ったところ、国務院系と対立する習近平が反撃して剛腕で叩き潰したというシナリオである。どこまで説得力のある解読かは分からないが、一つの仮説として成立する見方だろう。清代の前近代的な外交概念しかない習近平において、日本との関係性を規定づけるプロトコルは三跪九叩頭の祖法しかないのだ。

習近平は10年以上独裁権力を握り続けている。党内もマスコミも教育現場でも「習近平思想」の洗脳が行われ続け、若者はその影響下に育ち、現代中国を ー 北荻南蛮東夷西戎の中心に位置し優越する - 超越的な中華帝国として自己認識する態度が涵養されている。そしてその間、日本経済は落ちぶれに落ちぶれ、通貨円は3分の2の価値に落ち、一人当たりGDPで韓国に追い抜かれ、エレクロニクスと半導体どころか自動車でも中国の後塵を拝する始末となった。外国人観光客の(とりわけ中国人富裕層の)インバウンド需要を乞食のように求め欲するのみの、産業と技術力のない、貧しい後進国経済の姿となった。ハワイや豪州や韓国に売春に出かけるようになった。習近平の三跪九叩頭プロトコルは、中国の若者の対日観と(不幸にも)合致してしまうのである。シンクロナイズするのだ。靖国神社への落書き事件の思想的背景はその周辺にあると考えてよいだろう。

最後に、論が前後して恐縮だが、今年7月4日に海自の護衛艦「すずつき」が、中国海軍の演習を監視する任務中に浙江省沖の中国領海に侵入、領海侵犯する事案を発生させていた。中国側は「深刻な懸念」を伝達し、再発防止を求めて抗議、日本側は「技術的ミスだった」と釈明していた。小谷哲男の「技術的ミス」のターミノロジーは、この文脈での対処と手順だと理解できる。中国のSNS微博では、今回のY9偵察機の行動は「すずつき」の件に対する意趣返しだとして喝采する投稿が溢れていたらしい。「すずつき」の領海侵犯が本当に偶発的なもので、技術的ミスに起因する過失だったかどうかは不明だが、中国側としては、どこかでそれに対して報復しても言外に「おあいこ」だと開き直れる立場的正当性を有していた(=貸しを作っていた)わけで、ゆえに、今回の有人機のセンセーショナルな領空侵犯に対して「深読みするな」と淡々と言い張れるのだろう。

正直、身の置きどころがない。四面楚歌。田中角栄と大平正芳の日中友好にコミットする私は、メキシコのトロツキーのような孤独な心境だ。


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