出費と信用のリンク
貨幣経済としての“お金は信用の数値化”というお話ではありません
ここで言いたいのはツイッターで発信する者として少なからず人間関係や仲間などいうものを見たり感じたりする中でのお金のやり取りについての感情論です
まず違う話なので例に出して否定しておくと
よくコミュ運営者は自分の考えた経済圏を作ろうとして失敗するケースがほとんど
それは集団内搾取に終始してしまうというねずみ講にも劣るシステムだからです
ここでお話することはこんな事ではありません
タイトルに書いた今回言いたいことは搾取問題ではなく
『商品を買わない、お金を使わない人は仲間として認められないのか!?』ということです
もし商材販売を始めた時に、仲間にも買ってもらえないようなものが一般ユーザーに購入してもらえるはずがない!なんて考えてるのならそれは全く考え方が逆
普通は仲間だから付き合いで買ってもらえるだろうが、それはその商品の評価基準にはならないのでそんな少数の販売は別に有り無しどちらでもいいのです
基本、対外的不特定多数に購入してもらえる商品とマーケティングが必須
おそらくその商品は数個売れたらそれで目的を達するほど高利益な商品でもない限り、継続的に多数販売を目指すのだろう
となると仲間に数個売れるなどどうでもよくて考えるとことはそんなことじゃないはずなのだ
なのになぜ?
仲間に買ってもらえるかどうかを気にするのか?
例えばビジネスをしてる人なら、その商品がビジネスをする上ではマストな何かなら買ってないことの方が非効率的であり買って無いことに多少の違和感はあるだろうが
ネットで個人事業で販売してるものだからという特別感で購入する理由は何もなく、要は通常の買い物と同じで判断基準は単純
『その商品が自分にいるのか?いらないのか?』
だけだと思う
いらないものを買う人はいないのだ
でも、付き合いが?
例え付き合いでも、少しは興味があったり、使ってみてもいい、試してみてもいいという気持ちがあるから付き合いで買える
買ってそのまま倉庫に片付けたり、確認もせずに破棄するようなものなら付き合いでも買うはずがないのだ
さらに購入を妨げる理由として
ネットでは購入方法や支払い手段が限られることも挙げられる
こういうことに疎い人や出来ない人もいる
その人達は買えないし
無精やめんどくさがりという性格のせいで買おうと思いながら先延ばしにしたり、そのまま忘れてる人もいるかも知れない
つまり買う時は必要または買ってもいいなと思うから買うのだが、買わない理由は必要ない興味ないからという訳だけではなく“買ってもいいけど買ってない”も含まれているということも知っておいた方がいい
要するに買い手からすればその出費と相手への信用はリンクしてない場合も多々あるということ
関わり合いもなく信用してなくても買うし、その逆もあるから
そういう様々な事情やタイミングもあるのだから売り手は買ってもらえないからといって売り手側から買い手を信用しなくなるのは早計と言える
それよりは即決させられる実力か、長期スパンでも売れる商品作りを養うべきだと思います
というお話でした。