高速バスでの懺悔

 夜、実家から新潟へ高速バスで戻る道中、私はこのバスがもしかすると新潟ではないどこかへ連れていってくれるのではないかと淡い期待を抱く。
 もし、どこか辺境に置いていかれたとしても私は怒らず、絶望としかしなにかへのかすかな希望に胸を膨らませている気がする。はたまた、自分から命を絶つのは嫌だけれど、そうするに仕方ない状況に追い詰められたら私はそれをすんなり受け入れるかもしれない。
 こういう機会を私は静かに心待ちにしている。今日起きることがなにかをガラッと変えてしまうのではないかという機会を。しかし、それは皮肉なことに望めば望むほどに逃げていってしまうのである。なにかニュートンがリンゴの落ちるのを見るような偶然が私を知らないどこかへ連れていってくれるのではないかと、そんな株を守りて兎を待つようなことをこっそり思ってきた。しかしそんなことは企むほどに起こらないのである。もう株を守ることはやめると懺悔して、この期待は道中に捨てることにした。バスは定刻通り、新潟駅へ向かう。 

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