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正午、ベッドから這い出してキンキンに冷えた麦茶をグイっと飲んでPCを起動する。それからXboxのコントローラーを握って26インチのPCモニターと対峙する。

最近はとある有名JRPGをプレイしている。

ジョイスティックを傾けてフィールドの中のキャラクターを移動させ、ABXYボタンを連打してキャラクターに剣を振らせて凶悪なモンスターを倒す。モンスターを倒したらイベントパートに移行して、キャラクターは自分の操作から一旦離れる。 

イベントの中でキャラクターはシナリオ通りに泣いたり笑ったり決意したりして物語が進行していく。モンスターを倒すことは自分の腕前にかかっているけど、物語のストーリーは既に決められていて、プレイヤーそれを受け入れていくことしかできない。モンスターをどんな風に倒すかは決めることができるけど、物語がどんな風に進行するかは決めることができない。

頑張ってモンスターを倒したのに、婚約者が魔王から殺されてしまったり友達が自分をかばって失明してしまったりするような悲しいイベント(またはラスト)が起こることもある。いくらキャラクターの能力値を上げようがその悲しいイベントを回避することはできない。

ゲームはその世界が自分の手の中にあるという錯覚を引き起こさせるものだから、ときに虚しくもなる。ただ、プレイヤーは世界を救えることを信じて剣を振るうし、ゲームはプレイヤーが目的を持って剣を振れるようにデザインされている(クソゲーを除き)


ゲームにひと段落ついたら、決まって一時間くらい近所を散歩する。
ファミリーマートでファミチキを買って戸山公園のベンチで食べるというのが散歩のお決まりコースになっている。ベンチから公園で元気に遊ぶ人たちの姿を遠目に見る。

少し緊張がほぐれる。

戸山公園の入り口には「不要不急の外出は控えてください」という張り紙が張ってあるが、さすがにぽつぽつと人はいる。家族連れはビニールシートを敷いてお弁当を食べ、子供たちはキャッチボールをしたりキックボードを蹴ったりしている。

予防のことを考えると公園に人が集まるのは危ないことなのかもしれないけど、この陽だまりを不要なものとは考えたくない。ファミチキを食べ終えたらそそくさと家に帰ってゲームを再開する。


コ口ナウイルスがニュースになって以降、夜になると実家から安否確認の電話がかかってくる。大げさな気もするけどありがたいとも思う。

できればこの時期、実家で家族と一緒に過ごしていたかった。でも、イタリアのニュースを知っていたから、とてもじゃないけど帰ることはできなかった。三月くらいまで親は帰省を促してきたけど、もしも自分がうつしてしまったらと考えると恐ろしくて自分は東京にとどまることを選んだ。

親は児童養護施設に勤めている。施設でのクラスター感染は飲食店や学校のそれとは何もかもが違う。飲食店や学校は閉鎖すれば済む話かもしれないが施設はそうはいかない。

施設には居場所を追われた子供たちが集まっている。施設は子供たちにとって最後の居場所だ。

今年中に親兄弟や祖父母に会うことはできないかもしれない。来年から働き始めて気軽に帰省できなくなることを考えると、とても暗い気持ちになる。


もうすぐ今日が終わる。

SNSや新聞をチェックして様々なニュース見る。ただただ気力がなくなる。どうしようもないのかもしれないと考える。この状況が明けても何かが良くなっていくようなイメージが沸かない。

フィールドの中で無理やり剣を振るうことしか自分にできることはないのかと考える。

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